もちろん、祖母と祖父には内緒だった。
初めは週末だけ友達の家に泊まると言い店に出た。
それが、そのうち欲がでてきて
もっとお金がほしい!
週の半分は出勤していた。
そして、一年も断ち水商売とゆうものに楽しさも感じていた。

ばれるはずがないと思っていた。
ある日お店の広告を雑誌に載せる事になり、見る事はないと載せたのだが…
人づてに見られてしまった。
初めはしらを通していたが、さすがに顔が載ってるからには通し続けるのにも限度があった。
「久美子がいれば…」
「どうして…」
今まで母が死んで9年母の話題は私の前ではタブーかのように出されなかった。
その気遣いが時にはイラつかせる事もあったけど、それが全て優しさなんだって今なら分かる。
辛いのは母親においていかれた自分だとしか考えた事はなかった。
辛くないはずはないのに。
自分の子供に先立たれて辛くない親なんているはずないのに。
それを私が感じていなかったのは、私に辛い思いを思い出させないため。
涙も流さず、ただ一生懸命育ててくれた。
その時は、まだ全然子供でそんな事分かりもしなかったね。
素直にもなれなくて…


ばーちゃん、じーちゃんごめんね。
あなたたちの泣き顔だけはりん見たくなかったのに。