桜、ふわふわ ~キミからの I LOVE YOU~

「近寄られるのが迷惑……ってことはないから」


「え……」


「普通にしてて。普通に。これからもよろしくな、サクラん♪」


「う……」


その途端張り詰めてた糸が切れたみたいに、ポロポロと涙が零れた。

両手で顔を覆う。


「良かった……。嫌われたかと思った。……も、今までみたいに話しかけたりしたらダメなのかと思った……うわぁああん……」


子供みたいに泣きじゃくる。


「泣いたり、拗ねたり……演説したり。忙しい子やな、ほんまに。
まっすぐすぎて……なんかなぁ……オレ、まいった」


呆れたように、でもちょっと楽しそうに、イッペー君はそう呟いていた。



そして「あ!」って叫ぶ。


「すっげ! お前、これ当たってるやん!」


顔を覆っていたあたしの右手を掴んだかと思ったら、それを掲げる。

見れば手の中にあるアイスの棒に“あたり”って文字が印刷されてる。


「えっ……えっ。当たり? ウソ! 全然気づかなかった」


「いやぁ……すげーな、オレ。なんか最近、くじ運ええねんなぁ……」


とか言いながら、イッペー君はさりげなくあたしの手から棒を抜き取ろうとする。


その手をあたしは左手でがっちり押さえる。


「ちょ……さりげに何やってんの! これ、あたしんでしょ?」

「はぁ? オレが買ったんやから。当然オレんやろ!」

「信じらんないっ。あたしが貰ったんだから、あたしのですー」

「オレのや!」

「ちょっと! 大人げないにもほどがある!」

「じゃあ。じゃんけんで勝負や!」

「受けてたつ!」

「じゃーんけーん!」

「ポン!」



「やりっ、勝ちー!」ってガッツポーズするイッペー君。


「ひど……」

って、しょんぼりするあたしに、イッペー君はにっこり微笑む。


「まぁま、また半分やるから。明日の補講も出てこいよ。一緒にアイス食べよ」


「……先生

それってじゃんけんの意味なくない?」


「……あ」



――ジージージー

相変わらずセミの声が響く。



顔を見合わせて

プッ……って二人同時に吹き出した。




じゃんけん勝ったヒトと負けたヒト。


振ったヒトと振られたヒト。


先生と生徒。


それがイッペー君とあたしの関係。



奇妙な奇妙な……

でもこういうのもアリかもな……って思った。


だけどやっぱり切なくて

胸が痛い夏の日。



キンモクセイの香りが鼻先をかすめ、

秋風がセーラーのリボンとスカートの裾を揺らす、そんな季節。


校内は文化祭ムード一色に染まっていた。


最終日の後夜祭。

日が沈んだグラウンドに生徒達が集まる。


うちの高校恒例。

全校生徒による花火大会がまさに行われようとしていた。

といっても、打ち上げ花火みたいに派手なことをするわけでもなく。

各自が手持ち花火で楽しむだけのことなんだけど。



「はい、愛子! 花火ゲットしてきたよ!」


うれしそうに小走りで近づいてきた芙美が、あたしに何本かの花火を手渡す。


「ありがと……。てか、いいの……?」
「ん? 何が?」


不思議そうに小首をかしげる芙美。

その隣には、芙美の彼氏、小久保(コクボ)君が立ってる。


後夜祭ってのは、カップルのためのイベントなんだとつくづく思う。

付き合ってる人がいる子はみんなその相手と一緒に過ごす。


付き合ってなくても、こういうシチュエーションって告白の絶好のチャンスなんだよね。

雰囲気に呑まれちゃうのか、これをきっかけに付き合いが始まる……ってパターンも多い。

周りを見渡してもカップル率高し。


そんな中、芙美と小久保君にくっついてるあたしは、文字通りお邪魔虫なのだ。


「あたし……やっぱり……」


と言いかけたところで、グランウンド正面では軽音楽部によるバンド演奏が始まった。


それは後夜祭の始まりの合図。


「ヒュ―――!」

って、みんなの歓声が一斉に上がる。

そしてそれぞれが花火に点火。





色とりどりの炎

ポチパチと火花が散る音

目に痛いぐらいの煙

大音量で流れるロック

鳴り止まない歓喜の声


みんなの熱気になんだかクラクラしてくる。



「……芙美ぃー」

「んー?」

「ごめん。あたし、なんか疲れてるかも。ちょっと教室で休んでくるよ」

「え? 大丈夫? 一緒に行こうか?」

「大丈夫、平気、平気」


あたしはニカッと笑って見せた。


そして、「二人で楽しんで」

と芙美の肩をポンポンと叩いてその場を去った。

校舎に向かう途中、すれ違った女の子達の会話が耳に届いた。


「ねぇ、ねぇ。イッペー君、いないねー」
「どこ行ったんだろ?」
「職員室にも教室にもいなかったんだよー」
「えー。マジ? 一緒に花火したかったのにー」


そういえば、さっきからイッペー君の姿がなかった。


うちの高校は生徒の自主性を重んじるのがモットーで

こういうお祭りごとを主催するのはあくまでも生徒会。

先生達はあまり関わらない。


今日だって、ほとんどの先生が一日中職員室で過ごしてたんじゃないかな……って思う。

今もグラウンドに出ているのは監視役の先生が数人だけ。


でも、こんなとき、イッペー君なら率先して参加してそうだけどなぁ……。


職員室にもいないなんて……

いったいどこにいるんだろう。


そのとき、ふと頭をよぎった。


ひょっとして……。
向かったのは東校舎。


照明が消されている校舎内は、非常灯が足元を照らしているだけだった。

薄暗い廊下に、ヒタヒタと自分の足音だけが響く。

な……なんかすごく怖いんですけど……。


それでも足を進める。


もしかしたらイッペー君はあそこにいるんじゃないか。

そんな気がしたから。


目的の場所で足を止めた。

そこは、空き教室。

以前、イッペー君が居眠りしてた場所。


あの時、イッペー君はこの教室で、文化祭の思い出を語ってくれた。

思い過ごしかもしれないけど。

今日も一人でここにいるような気がしたんだ。


教室前方のドアはあの時と同じように鍵がかかってる。

でも、後ろは開いているはず。


そう思って近づいて、気づく。

あれ……?

ドアはすでに2センチほど隙間を空けて開いていた。


ということは、やっぱり中にいるのかな。


そっとドアを引く。


――ギシッ……


ドアがきしむ音が響く。


中を覗いたあたしは息を飲んだ。