桜、ふわふわ ~キミからの I LOVE YOU~

「ね、これ、もらっていいの?」


誕生日でもなんでもないのに、もらっちゃっていいのかな……。

なんてちょっと気になってしまう。



「うん。最初から愛子にあげるつもりで今朝持ってきたんだ」


「え? そうだったの?」



「今日の“朝スキッ”の“ハッピーランキング”見てたらさ……」


“朝スキッ”というのは朝のワイドショー番組で、“ハッピーランキング”はその中で人気の占いコーナーだ。

星座別ではなく生まれ月で占われるのが特徴で、その日の運勢が良い順に生まれ月ランキングが発表される。

あたしはほとんど見てないし、あまり信じていないんだけど。


芙美は意外にも占いとか信じる方で、“ハッピーランキング”も毎日かかさずチェックしてるらしい。


「今日のワースト1位はね、“12月生まれ”だって~」


「えっ。マジ?」

12月と言えば、あたしの誕生月だ。

がーん。

あながちその占いも間違いではないかも。


なんだか今日はあまりいい日ではないような気がする……なんてガックリと肩を落としてしまう。


「でもね……」


芙美があたしの髪をサイドで束ねながら耳元で言う。


「このシュシュつけてれば大丈夫だよ!」


そして1つにまとめた髪を耳の辺りで結んだ。


「12月生まれの、今日のラッキーカラーは“ペパーミントグリーン”なんだって!」




芙美はあたしの前に回ると、鞄から取り出した鏡を掲げる。


「それに、この色、絶対、愛子に似合うって思ったんだ。うん、可愛いっ」


鏡の中には、ペパーミントグリーン色のシュシュをつけたあたしがいた。


柔らかな風が吹いて、シュシュとあたしの髪を揺らす。



「芙美ぃ……ありがと……」


乾きかけた涙がまた溢れる。


「もぉ、泣かない、泣かない! きっと良いことあるって」


そう言いながら、芙美はポンッとあたしの背中を叩いた。
涙が乾くのを待って、あたし達は屋上を後にした。



1階に下りて下足室に向かうために、渡り廊下を通った。


「そういえば、6月生まれはどうだったの?」


芙美の誕生月は6月だ。


「それがさぁ……なんと、1位なんだよね。ちなみに、ラッキカラーはコレね」


ちょっとニヤけながら、芙美は指をそろえてあたしに見せる。


そこにはベビーピンクみたいな春らしい優しい色のネイルが施されていた。


「えっ。朝から家でわざわざ塗ってきたの?」


「まさか。そんな時間ないし。電車の中で塗った」


「うっそ! それ、超迷惑じゃん」


「うん。前に立ってたオヤジが超迷惑そうな顔してた」


「もー。そういうのダメだよー!」


なんて注意してみても、「だってラッキーカラーだもん」って指をかざしてうっとりしてる。


反省なんてまるでしないその姿に思わずプッて吹き出してしまった。


その時、1歩前を歩いていた、芙美の足が止まった。


中庭の方をじっと見ている。


そういえば、さっきから中庭がやたらと騒がしいな……ってあたしも気になってたんだよね。


「イロイロイロイロ、何の色―?」

「黄色―――!! イーチ、ニー、サーン……」


校舎に跳ね返って響き渡る声。


「うおー」とか「きゃー」とか「黄色! 黄色!」って、


それぞれに叫び声を上げて

一斉に逃げ出す生徒。

なんだか騒然としている。




「色鬼だ……」


芙美が呟く。


色鬼かぁ。

なつかしいな。

子供の頃、よくやった。


まず鬼が色の名前を言って、みんなが一斉に逃げ出す。

鬼が10数える間に、みんなは鬼の言った色を探して、その色のものを触る。

例えば今みたいに「黄色」って言われれば、タンポポとか。

指定された色を触っている人は鬼にタッチされることはない。

逆に見つからなければ、ひたすら逃げるしかなくて、鬼に最初にタッチされた人が次の鬼になる。




「雪合戦の次は、色鬼かよ!」ってツッコミを入れる芙美。


見れば色鬼をしているのは、2-Eのみんなだった。

もちろんイッペー君の姿もあった。


生徒と一緒になって、必死に逃げてるイッペー君はチラリとこちらを見た。


一瞬目が合ったような気がしたけど、あたしは慌ててそらす。



芙美の目がキラキラ輝き出す。


「あたしも参戦しよーっと♪」


鞄をあたしに押し付けると、さっさと中庭に駆けて行ってしまった。


1階の渡り廊下からは、そのまま中庭に出られるようになっている。


ただし、上履きのままだけど。



「もー……芙美ぃ」


芙美の鞄を胸にかかえたまま、あたしもとりあえず中庭に出る。


いつの間にか、芙美は中庭の中央に立っていて、みんなに取り囲まれている。

どうやら新参者の芙美が鬼になったらしい。


「イロイロイロイロ、何の色――?」


みんなが芙美に問いかける。

一瞬こちらを見て、にんまり笑った芙美の声が中庭に響き渡った。



「ペパーミントグリーン!!」

「ペパーミントぉ?」

「んなもん、ねーよ!」


みんな口々に文句を言いながら走り出す。


そんな中、まっすぐにあたしに向かって走ってくる人がいる。


「あ……」


――なんで?


あたしは回れ右して、その人から逃げる。


全力でとにかく走る。


「何で、逃げんねん!!」


背後から聞こえる関西弁。

あたしの大好きな声。


「だって! 追いかけてくるから!」


「アホぉ。お前が逃げるから追うねん」



ハァハァって息遣いがどんどん近づいてくる。


「やだやだっ。こないでよ!」


「何でやねん。何で逃げるねん!」


「だって。困る……。近づかないようにしてるのにっ。先生のバカぁ」



あたしは中庭の隅にある用具入の裏に逃げ込んだ。

その途端、肩をぐいとつかまれた。


「きゃああああ」


「やっと捕まえた」