桜、ふわふわ ~キミからの I LOVE YOU~

「はいっ。そんだけっ。以上」


パッと顔を上げたその表情はいつものイッペー君に戻っていた。



「えー。そんだけかよー。もっと熱く語ってくれるのかと思ったのに!」


誰かが不満そうに言う。



「熱く語るって、オレのキャラちゃうやん」


イッペー君はポリポリと首の後ろを掻いて、ちょっと照れくさそうに言う。


「まぁ、なんていうか……。
さっきの言葉が、オレから2-Eへの『I LOVE YOU』です」


一瞬静まり返った教室。


「うわっ。『I LOVE YOU』とか、こっちが照れるしっ」


また誰かがツッコミを入れた。


それをきっかけにクラス中が騒ぎ出す。

「イッペー君、好きー」

とか

「愛してるー」

とか

それぞれ口にする。



ついには

「イ――ッペ! イ――ッペ!」


ってイッペーコールが湧き上がる。


イスの上に立ち上がる生徒もいて、


教室内が騒然としてきたその時。


――ガラッ


勢いよくドアを開ける音がしたかと思ったら、

隣のクラスで授業をしていたと思われる山本先生が立っていた。


「静かにしなさいっ」

途端に静まり返る教室。

山本先生は目を吊り上げて、教室内をジロリと見渡す。


「ほんとに、E組は……」そう呟くと、そのままドアを閉めて行ってしまった。


「イッペー君、後で怒られる?」


心配そうに呟く誰かの声に

イッペー君はなんでもないよって感じで眉を上げた。


そしていつものように冗談っぽく言う。


「もう、怒られ慣れたわっ! お前らのせいでっ」


その言葉にまたみんなでクスクス笑った。


気がつくとあたしの涙もいつの間にか乾いていて。


すっかり油断していたあたしは、一瞬だけイッペー君と目が合ってしまった。


イッペー君はフワリと微笑みかけてくれた。

だけどあたしは慌てて目をそらす。


それが最後。

その後はイッペー君と目が合うことは一度もなかった。




そしてとうとう終業式の日がやってきた。

最後の挨拶もイッペー君らしく、あっさりしたものだった。


「次は担任になるの?」とか

「3年生を受け持つの?」

とかいうみんなからの質問には


「さぁ。どうやろうなぁ……。新学期をお楽しみに」

って、曖昧な返事しかしてくれなかった。



式の後もイッペー君は生徒達に囲まれていた。


みんなが順番にイッペー君と写真を撮っている。

その横をあたしは素通りした。


芙美がすぐ後ろをついてくる。


通り過ぎる時、芙美が「イッペー君! バイバイ!」って手を振ると、イッペー君は「おう!」って手を上げていた。


あたしは何も言えなかったけど、芙美に便乗してペコリと頭を下げると教室を後にした。





あたしと芙美は屋上に向かった。


ドアを開けた途端、眩しい日差しに目を細めた。

屋上はすっかり春って感じのポカポカ陽気に包まれていた。



「なんか、春の匂いがするー」


うーんと伸びをするあたし。


「あ、なんかわかるわかる。ちょっと埃っぽいっていうか、春の匂いってあるよね」


芙美も同調してくれた。


あたし達はフェンスを背もたれにして、腰を下ろした。



空を見上げながら、芙美が口を開いた。



「菊池から聞いたよ―」


「……何て言ってた? 菊池君……」


「『フラれたー』って。でも『スッキリした』とも言ってたかな」


「そっか……」


何て言えばいいかわからなくて。

あたしはうつむいて、髪を耳にかけた。


菊池君は芙美に話したのかな?

あたしがイッペー君を好きだってこと……。



「ねぇ、愛子―」


「んー?」


「何でさっき、イッペー君に挨拶しなかった?」

――ドクンッ


大きく心臓が脈うって、あたしの体は一瞬固まった。


返事をしないあたしの顔を芙美はまっすぐに見つめる。


途端に芽生える罪悪感。


きっと芙美はもうわかってるんだ。


ずっとあたしが隠していた気持ちを。


「……芙美ぃ」


「ん?」


「ちょっと待って……。
今、頭ン中整理して、それから話すから……」


「ん。ゆっくり考えてみ」


優しい目で微笑んでから、芙美はまたふいっと空を見上げた。


あたしに考える時間を与えるために。



カーディガンのポケットにすっと手を伸ばす。


ポケットには以前、イッペー君からもらったガムが1枚、そして、のど飴が2つ入っている。


のど飴を2つ、ギュッと握りしめて取り出す。


そして、1つを芙美に差し出した。



「芙美、これ食べて?」

「へ?」



「毒入りじゃないから」とあたしは笑った。


芙美は不思議そうな顔をしてしばらく飴を眺めていたけど、袋を破って口の中に入れた。


それを確認してから、あたしも同じように口にした。


口の中で飴の味がジワリと広がると同時に、あたしは顔を両手で覆った。


ポロポロと涙が零れる。


「えっ。愛子? どした?」


芙美は慌てて、あたしの腕をつかむと、そっとあたしの顔から外した。


「……普通……ぐすっ……のっ……ヒック……」


「え? 何? しゃべるの、落ち着いてからでいいよ」


心配そうにあたしを見つめる芙美が優しく背中を撫でてくれた。


涙は止まりそうもない。

そう判断したあたしは、そのまましゃべり続けた。


「普通の……のど飴でしょ……」


口に広がる味は、どこにでもあるのど飴の味。

大事に大事に取っておいたけど、それは口にしてみれば、特別なものでもなんでもなかった。



「うん……」


芙美はコクンとうなずく。


「でも……。あたしにとっては特別だったの」


「……」


「好きな人からもらったものだったの」


「愛子……」



「芙美、あたしね……。



イッペー君が……好き」