桜、ふわふわ ~キミからの I LOVE YOU~

“時代劇マニア”とか言う言葉にまたクラス中に笑いが起こった。

イッペー君のばかぁああ。

なんで蒸し返すかなぁ。


「は? なんで、あたし?」

「川崎が休みやねん。さっき連絡があった」

「だからって、なんであたしが……」


ブツブツ文句を言っていると、「えーから、取りに来いって」と急かされた。


しょうがないから席を立って、しぶしぶ教卓の方へ向かう。


イッペー君は一瞬こちらをチラリと見てから、日誌に何かを書き込む。


そしてパタンと閉じると、あたしに差し出した。

ニヤリと口の端を上げて。



席に戻って、日誌を開く。


「あ……」

今日のページに眠気覚ましのガムが挟まっていた。


さらにお世辞にも上手いとはいえないイラストが描かれていた。

キリリとしたやたらと眉毛の太い男の人の顔。

頭に乗っかっているのは、ひょっとしてチョンマゲ?


さらにイラストの横には吹き出しがついていて、

『眠くなったら食うが良い by加藤剛』

と書かれていた。

いかにも、慌てて付け足しました的な、書きなぐった感じで。


“加藤剛”って書いてなければ、絶対誰かわからないし。

てか、お侍かどうかの判断も難しかったかも。

まるで幼稚園児が描いたみたいなイラスト。


もぉ、何これ、何これ。

「ぶっ……」


あたしは一人でウケて、足をバタバタさせた。

肩も震える。


もぉ、先生のくせに。

やることがかわいすぎるっ。


チラリと視線を送ると、一瞬だけ目が合った。


「うーい。じゃ、出席とりまーす」


あたしがウケてることに満足したのか、ほんの少し口の端を上げると出席を取り始めた。


誰にも見つからないように、そっとガムをカーディガンのポケットにしまった。

どんなに眠くなっても、

きっと、もったいなくて食べられない。



大好き……。



「菊池に何か言われた?」


お昼休み。

サンドイッチを頬ばった芙美があたしの顔を覗き込む。


「え……と……」


斜め後ろをチラリと確認する。

菊池君はいつも食堂で食べているから教室にはいなかった。


「うん。放課後、残ってて……って、言われた」

「おぉー」

「これって……そういうことかな?」

「そういうことでしょ」


芙美は驚くでもなくニヤニヤ笑ってる。


「なんで~……」


あたしはふにゃぁと崩れて机につっぷした。


「ねぇ、芙美は気づいてたの?」

「気づいてたっつーか、相談乗ってたし」

「えぇ!」


ガバッと顔を上げた。


「マジ?」

「ん。マジ」

「そんなの……言われなきゃ、わかんないよ」


フゥとため息を吐く。


「いつから……?」

「あたしが知ったのは2年になってすぐぐらいかな」

「そんなに前から?」


思わず大きな声が出ちゃって、慌てて周囲を見渡した。

誰もこちらを見ていないことにホッとする。


「菊池、2年も同じクラスになれて、うれしそうだったよ」


そう言われて思い出した。

始業式の朝。

中庭にいたあたしに、この教室から声をかけてくれたんだよね。


『オレらまた同じクラス~!』って。


――そっか。

あの時、そんな風に思ってくれてたんだ……。



「全然……知らなかった」

「まぁねー」


芙美は手にしていたイチゴ牛乳を飲み干しパックをつぶした。


そして取り出したストローであたしの斜め後ろの席を指す。


「コノヒト、わかりにくいからね。素直じゃないっていうか……。なかなか本心見せないし」

「うん……」


今思い返してみても、菊池君があたしのことを好きだなんて、なんかピンとこない。

そんな素振りされたこと一度もないし。

芙美に対する接し方とあたしに対するそれに違いがあったとは思えない。




芙美がまた言葉を続けた。


「今だから言うけどさ……」


「後夜祭の時、菊池、愛子のこと誘いたかったみたいだよ?」

「え……」

「でも、アイツ軽音楽部だからさ」

「あ、そっか……」


そう言えば、後夜祭の最初の曲を演奏していたバンドで、菊池君はギターを弾いていた。


「自分のステージ終わって愛子のこと探してたみたいなんだけど。愛子いなかったでしょ?」

「え? ああ……うん……」


あの日のことを思い出して、頬が熱くなる。

あの時、あたし、イッペー君と二人で空き教室にいたんだよね……。



「もう、2年も終わりじゃん?」

「うん……」

「さすがに3年連続同じクラスは難しいだろうし。受験もあるし……。それまでに決着つけたかったんじゃないかな」



芙美に言われて気づく。


そうだよね。

3年生になれば、また環境が変わるかもしれないんだ。

この教室で毎日顔を見ていた。

そんなことも当たり前でなくなる。


菊池君とも芙美とも……

そしてイッペー君とも。



「まぁ、そういうわけだからさ」


芙美はイチゴ牛乳のパックを放り投げる。

――カタンッ

そんな音をさせて、パックはゴミ箱に吸い込まれた。


「どうするかは愛子の自由だけど。話だけはちゃんと真剣に聞いてやってよ」



少し間を空けて


「うん」と頷いた。







桜の季節も

太陽がまぶしい夏も

あの後夜祭の夜も

雪が舞い散る日も


あたしがイッペー君に恋してる間……

あたしの知らないところで、

あたしのことを想ってくれた男の子がいたんだ。



右斜め後ろ。

チラリと振り返る。


あたしがこの席からイッペー君を見つめていた時……


菊池君もあたしのこと見ててくれたのかな……。



誰かに想われるなんて初めてで……

ちょっとくすぐったいような

なんだか不思議な感覚。


意識するな……っていう方が無理。


その後の授業は、全神経が右側に偏っちゃったんじゃないか……って錯覚するぐらいだった。


右の肩から背中、右腕がジリジリと熱い……。




――そして放課後がやってきた。






6限目の授業が終わってすぐ、あたしは国語準備室を訪れた。

とりあえず日直の仕事を片付けてしまいたかった。


教室にはまだ何人か残っていたし。

菊池君と話すのは、日誌を届けた後でもいいかな……って判断した。

荷物は教室に置いたままだし、菊池君も戻ってくることはわかっていると思う。


昼休みに扶美と話してからずっと意識していた。

生まれて初めての出来事に、ドキドキして……緊張してる。



フーと大きく息を吐き出してから準備室のドアを開けた。


「せんせ……日誌持ってきました」

「おー」


イッペー君はイスに座ったまま、こちらを見ることもなく返事を返す。

そこにはイッペー君以外、誰もいなかった。