桜、ふわふわ ~キミからの I LOVE YOU~


《うん。木村のことからかってさ。誰もフォローしなかったじゃん。菊池もさ、結構気にしてた》

「そうなんだ……」

《あの後さ、イッペー君にお説教されてさ》

「え? お説教?」

《あ……お説教……ってわけでもないんだけど……》


と、芙美はその時の状況を説明してくれた。


――――
―――

あたしが出て行った後、みんなはしばらく黙ったままだった。

そんな中、イッペー君は静かに口を開いた。


「あれやなぁ……。心の奥っていうか……引き出しみたいなとこあるやん? そういうの覗かれるのって、めちゃくちゃ恥ずかしいよなぁ……。
本音をさらけだすのは……時として勇気がいるな。

おまえらが、木村をからかったんは……あの言葉の中に身に覚えがあったからかな?

むずがゆいとこつつかれて、『うわっ。そこ触れてくれるな!』みたいな気分やった?」


木村君のプリントを手にイッペー君は話を続ける。


「オレはこの木村の『I LOVE YOU』は結構身に覚えがあるっていうか、なんかわかるなぁ……って思ったで。
つか、恋愛なんか夢中になってる時は頭ン中お花畑状態やん。むしろ、それがごく自然やろ。

気持ちを伝える手段はいろいろあるんやけど。
あえて、それを文章にしてみるのもええと思うで。

よくあるやろ?
直接言われへんことも、メールやったら素直に言える……みたいな。そんな感じ。

まぁ、ちょっと恥ずかしいかもしれんけど。
そんなこっぱずかしいこと堂々として許されるのは、10代の特権やってオレは思うで。

ええやん。ポエマーで。何が悪いねん!」


ほんの少しおどけていうイッペー君の言葉に、みんながクスクス笑った。

そしてイッペー君は最後に付け足す。


「まぁ、みんな思うところは色々あるやろうけど……後悔せんように、頑張れよ」って。

―――
――――


芙美からの電話を切って

お風呂に入って

お布団にもぐっても

さっき聞かされたイッペー君の言葉が頭の中で繰り返し思い出された。


“後悔しないように”って、最後の言葉が。



イッペー君は……後悔してる。

高校生の頃の恋をあの空き教室に置き去りにしたまま。


彼女への想いをずっと抱えてる。


その想いが消えることはないのかな。


ほんの少し近づけたような気になっても、それはやっぱり気のせいで……。


可能性がないことぐらいわかってるのに。

それでも現実を知るたびに、胸が痛む。


震える唇をギュっと結んだ。


目を閉じたら

涙が一筋流れた。


結局朝までほとんど眠れなくて。

あくびをかみ殺しながら登校した。


「おはよ。愛子、寝不足?」

下足室で芙美に顔を覗き込まれた。

やっぱり眠そうな顔してるか。

おまけにちょっとだけ泣いたりしたもんだから、瞼が腫れてる。


「うん……芙美からの電話切ったあと、録画してたドラマとか見まくっちゃって……」

へへっと笑ってごました。


すると背後からパコンと頭を叩かれた。


「おす」


振り返ると木村君があたしを見下ろしていた。


「おはよ」


昨日、どうだった?

って、聞きたいけどどうしようかな……ってオロオロしていたら、木村君の方から口を開いてくれた。


「昨日、サンキュな」


口の端をにんまりと上げる木村君。


「ヨリ戻った」

「マジ? やったじゃん」


って、鞄でパシンと背中を叩くと。


ふふん……って鼻で笑って、木村君は先に行ってしまった。


その様子で全てがわかったのか、芙美も「よかったねー」なんてうれしそうにしてる。



「やっぱさ。イッペー君の言った通りじゃん? ちゃんと気持ちを伝えるのって大切なのかもね」

階段を上りながら芙美がしみじみそう言う。



「咲楽!」


踊り場にさしかかった時、声をかけられた。

菊池君が階段の上からこちらを見ていた。


「咲楽、ちょっといい?」

「え? あ、うん」


菊池君はあたしがいる踊り場まで降りてきた。

朝からどうしたんだろう……。

不思議に思っていると、横からポンと肩を叩かれた。


「あたし、先行ってるね」


芙美はなぜかニヤリと笑うと、軽快な足取りで階段を上っていってしまった。



「菊池君……? どうしたの?」

「あのさ……」



何か言いにくそうに口ごもる菊池君。

――あ……ひょっとして。


「木村君のことでしょ?」


「え?」


きっと菊池君も木村君のことを気にしてるんだと思った。

あたしはにっこり微笑んで言った。


「木村君なら大丈夫だよ。彼女とヨリ戻ったって、さっきうれしそうに言ってた」

「あ……そう。ふーん……良かったな」


――あれ?

なんかリアクション薄くない?

木村君のことを聞きたかったわけじゃないのかな。


「菊池君……?」
黙ったままの菊池君の顔を覗き込む。



――キーンコーン……

予鈴の音が響く。


だけど菊池君はいっこうにその場から動こうとしない。


どうしても今言いたいことがあるのかな。


うーん……なんだろ。

あ……ひょっとして。



「大岡越前?」

「はっ?」

「昨日、見たよー! 木村君ちで! もう、ほーんと良かった~。やっぱ、いつ見ても大岡越前の“おしらす”は最高だよね。名裁きだよー」

「や、そうじゃなくて!」


あまりにも大きな声で否定されたので、肩がビクって震えてしまった。



「え……違うの? 大岡越前……ダメ? 菊池君も好きなんでしょ?」

「や、まぁ、たしかに大岡越前はすげーんだけど……って、違くて!」

「え? え?」


わけがわからなくて首をひねっていると、

「ぶはっ」

背後から足音とともに、吹き出すような笑い声が聞こえてきた。


振り返ると、イッペー君が笑いをかみ殺したような表情をしている。



「聞いてんじゃねーよ」


菊池君はちょっとムッとしたような顔でイッペー君を睨む。


口元を押さえながら、「あ、すまん」って謝るイッペー君。


「や、聞くつもりなかってんけど、聞こえてもーた。つか、お前らの会話、全然噛み合ってへんねんけど……」

って肩を揺らしてくっくって笑う。


「ホームルーム始まるでー。そろそろ教室入れよー」


出席簿でポンッて菊池君の頭を叩いて。

いつものようにダルそうにそう言うと、あたし達の横を通り過ぎる。