「ちょっ……ポエマーって……お前、声でかっ」
「あたっ……あたしなんか、好きって自覚してから、ずっと頭の中ポエムばっかだし。一人で勝手に暴走しちゃったりしてるし。妄想とかすごいし。頭ン中だれかに覗かれたら、相当痛い子だと思われるだろうし……。
おまけに1%も可能性ないのにっ。振られたのに。それでも、ずっと好きで……好きで……。でも、どれだけ好きでも……絶対無理で……ヒグッ……」
いつの間にか涙がポロポロ流れていた。
「ちょ……咲楽……?」
「無理ってわかってるけど……諦められなくて。
ねぇ、そういうのわかる? つか、わかんないでしょ、木村君には。わかんないから、そんな風に簡単に投げ出したりするんだよ!
あたしから見れば、両思いとか……つきあうとかって……グスッ……すごいことだと思う……。そのチャンスが……チャンスが目の前にあるのに……それを見過ごすことはかっこいいことでもなんでもないよ。本音でぶつかるのは、かっこ悪いことじゃない!」
あたしは木村君の後ろに回った。
「『I LOVE YOU』の答え……今言わないでいつ言うんだっ!」
そして鞄で背中をパシンと叩く。
「あー、もぉ! 行ってこい! このドアホ!」
木村君はあたしを振り返った。
「あーもー。うるせーな。お前がそこまで言うなら行ってくるわ! つーか、アホアホいうなっつの!」
口の端を上げてニヤリと笑うと、聞き取るのが難しいぐらいの小さな声でつぶやいた。
「サンキュ」って。
そして走り出す。
木村君は足が速いから、きっとすぐに彼女に追いつくだろう。
彼なりの不器用でかつ繊細な『I LOVE YOU』が……
どうか彼女に伝わりますように。
「はぁ……」
息を吐き出して、空を見上げる。
冬の夜空は澄み渡っていて、星がやさしく瞬いていた。
寒いんだけど。
なぜかほんの少し温かくなったような……不思議な感覚。
とぼとぼと歩きだす。
角を曲がった瞬間。
――キィー
急ブレーキの音とともに、目の前に自転車が現れた。
「うわっ。あぶなっ」
「すみませんっ。ぼんやりしてて……」
「いや、こっちこそ……って、あれ?」
ペコペコと頭を下げながら気づく。
あれ?
この声……。
「せっ……先生」
「サクラ?」
自転車に乗ったまま、驚いたような顔でこちらを見ているのはイッペー君。
「お前、こんな時間に何してるん? 帰ったんちゃうの?」
「え? えーと……」
なんて説明すればいいかわからずもごもごしていると、イッペー君はひょいとあたしの後ろを覗き込む。
ここから10メートルほど後ろには、木村君ちがある。
このあたりでは有名な和菓子屋で、大きな看板が掲げてあるからかなり目立つ。
それで全てを悟ったのか「ああ……木村か」と呟いた。
「あいつ、大丈夫やった?」
「……うん。多分……」
「そっか」
「で? サクラはもう帰るところ?」
「うん……」
「じゃ、一緒に帰りますか?」
「えっ……?」
思わず驚いて目をパチパチさせるあたし。
イッペー君は何食わぬ顔してあたしの肩から鞄をさっと抜き取ると、自転車の前籠に入れてしまった。
そして後ろの荷台をポンポンと叩く。
「はいはい。乗ってや」
「ええっ。先生と……二人…乗り?」
「なんやねん。ご不満ですかー?」
目を細めてジロリと睨む。
「あっ。いやっ。そうじゃなくて。こんな時間に生徒と二人乗りとか……大丈夫なのかな……って思って」
あたしが意識しすぎかもしれないけど、なんとなくこういうのって見つかるとマズい気がする。
「んー。そやなぁ……」
イッペー君は自分のマフラーを外すと、あたしの首にグルグル巻きつける。
首だけじゃなくて顔の半分ぐらい隠れそうなほど、グルグルって。
さらには自分が被っていたニット帽をスポンとあたしの頭に被せた。
「変装完了―。これで誰かわからへんやろ」
って、楽しそうに笑う。
「変装って」
――そうゆう問題?
「えーから。はよ、乗れって」
「う、うん……」
できるだけそっと荷台に腰掛けた。
ドキドキする。
イッペー君と二人乗りなんて。
一生分の幸運を使い果たした気分。
「ま、バレたらバレたで……」
いつものように能天気にそう言いながら自転車をこぎはじめるイッペー君。
「適当にごまかせるやろ。
『道端で行き倒れていたサクラさんを救出しました!』とか」
「何それー。ウソつくならもうちょっとマシなウソ考えてよー」
パシンと軽く背中を叩くと
「わはは。ほんまやな。オレ、アドリブ弱すぎやな」って楽しそうに笑う。
「サクラって家どこやっけ?」
「若葉町」
「おっけ」
自転車はどんどん加速していく。
「ちゃんとつかまっとけよー」
「う、うん」
体が揺れて、背中に顔をぶつけそうになった。
いつもの香水の香りがして、ドキドキする。
あたしの緊張が背中から伝わりそうな気がして、慌てて話題を探した。
「先生は家どこなの?」
「んー、オレ? オレは川瀬町」
「えっ。川瀬町?」
川瀬町といえば、今いる場所とは、学校を挟んで逆方向だ。
ということはまっすぐ家には帰らずに、わざわざこっち方面に来たということになる。
「ひょっとして、先生も木村君の様子を見に来たの?」
「さぁ、どうやろうなぁ。オレ、金八っつぁんみたいなええ先生ちゃうからな。熱血とか性に合わへんし」
って否定する。
だけど、多分そうだったんだと思う。
イッペー君てこういう時、照れ隠しのためかわざとぶっきらぼうに言うから。
「で。……木村、どうやった?」
そう尋ねられて確信した。
やっぱり心配してたんだ。
あたしはさっきの出来事を簡単に説明した。
彼女を追いかけていった木村君のことを。
「そっか。上手くいったらええな。まぁ、男女のことは二人にしかわからんからな。後はどうなろうと、周りがどうこう言うことやない」
「うん」
自転車は静かな住宅街の中を通る。
あたしはイッペー君の背中に語りかける。
顔が見えないから、普段なら言えないことも言えそうな気がした。
「ね、先生?」
「んー」
「あたし……もっと国語得意になりたいな」
「なんやねん。えらい唐突やな」ってクスクス笑うイッペー君。
「言葉って難しいな……って時々思うんだ。
考えれば考えるだけ、空回りしちゃう。
さっきだって、木村君のこと、もっと上手く励ましたかったんだけど。
なんて言えばいいかわからなくて。
頭叩いて『どアホ!』とか言っちゃった」
「ぷ……どアホて。すげーな」
「結局、わけわかんないこと口走って……。
でもそれって自分の意見を押し付けただけのような気もするんだ。
国語準備室でも……なんかあたし一人真面目な発言しちゃったし。
みんなのことしらけさせちゃったかな……って思う」
はぁ……とため息をついた。
「あたしね……時々眠れなくなるの。
布団の中で一日の反省会をすることがあって」
「反省会? 一人で?」