桜、ふわふわ ~キミからの I LOVE YOU~

「つーか、ポエマーなんか言い出したら……」


そしてなぜか寒そうに自分の体を抱える。


「オレの方がヤバいって! ええ歳して、『未開封のお菓子の袋』とか言ってるし! うわぁ……なんかサムいし! さっきのオレ、消えろ! めっちゃハズいし!」


イッペー君があまりにもぎゃあぎゃあ騒ぐので、思わず吹き出してしまった。


「あはは。だよね。先生も案外語るよね」


イッペー君はチラリとこちらを見て口を尖らす。


「うるせー。ポエマー上等! こんな夜もあるさ」


そしてニッコリ微笑んだ。

「だって、月がキレイやから」

「うん。月のせいだよね」

「そうや」


しばらく二人でクスクス笑って。

あたしはイッペー君のパーカーの裾を、ツンツンとひっぱった。


「ん? どした?」


イッペー君があたしの顔を覗き込む。




「先生、花火……しよ?」





あたしの手の中には芙美からもらった花火があった。


「おー。ええなぁ」


イッペー君もちょっとうれしそうだ。


「でも、ここでやったら、火災報知器に反応しそうやなぁ……」って天井を見上げる。


「これぐらいなら大丈夫?」


あたしは線香花火を2本取り出した。




イッペー君がライターで火をつける。


静かな教室にパチパチと響く火花の音。


最後の火がポトンと落ちるまで、あたし達は黙ったままだった。


「終わったな」

「うん……終わったね」


イッペー君は腕を上げてうーんと伸びをする。

その様子はすっかりいつものミスターマイペースに戻っていた。


その夜あたしは夢を見た。


そこは中庭で、春で。

桜の花びらが、風に乗ってはらはらと舞っていた。


ふと、目を向けると、空き教室の窓にイッペー君の姿が見えた。


――あれは高校時代のイッペー君?

イッペー君はなぜか制服を着ていた。

その顔は今よりちょっと幼くて。


やった!

イッペー君とあたし、同級生なんだ!


ちょっとうれしくなって駆け出そうとした足が止まった。


イッペー君ははにかんだような笑顔をしていた。


その横にいるのは、小柄な女の子。

二人は楽しそうにしゃべっているみたいだった。


その声は当然聞こえなくて。



あたしは思い知る。

イッペー君の隣には立てないことを。

あたしじゃダメなんだってことを。


膝がガクガク震えだす。


イッペー君はふいにこちらを見た。

だけどその瞬間、強い風が吹いて。


桜吹雪があたしの姿を隠す。


イッペー君に気づかれないまま。

もうあたしからもイッペー君が見えない。


一面のピンクに覆われたあたしは、桜吹雪を見上げて胸を押さえる。



――ああ、泣きたくなるぐらいキレイだなぁ



って、ただそう思った。








 それから冬になって。

 もうすぐ春を迎えようとする

 季節になっても。


 あたしの恋は相変わらず

 一方通行のまま。


 でもそれでも良いって思う。

 そんな恋もあるんだと思う。


 勝手に好きでいることと、

 気持ちを押し付けることは違う。


 適度な距離を保って……

 イッペー君の生徒の一人でいること。



 それが今のあたしにできること。



そうして現在に至る。



雪合戦で、イッペー君から裏切り者扱いされたあたしと芙美。


いったいどんなバツを受けるのかと、国語準備室のドアを開けた。

部屋の奥から聞こえてきたのは、イッペー君の声。


「アホっ! おまっ、それ焦げてるで!」

「焦げてる?」


なんじゃそりゃ……と、芙美と二人で顔を見合わせる。


クンクンと鼻を鳴らすと、匂ってきたのは……。


「お餅?」


「おー。入れ入れ」

「いらっしゃーい」


準備室の中にはさっき雪合戦をしていた男子達やそれから女子生徒も数人いた。


なーんだ。

呼び出されたのは、あたし達だけじゃなかったんだ。


……なんて、ちょっとがっかりしたりして。
国語準備室にはイッペー君も合わせて10人ぐらいはいた。


狭い部屋がさらに窮屈になってる。

放課後のここはいつもこんな感じでにぎやかだ。

みんなイッペー君を慕って、用もないのに集まる。



「何してんの?」


芙美の問いかけに、イッペー君はしれっと答える。


「餅食ってんですけど」


イスをキコキコ鳴らしながら、ビヨーン……って、口に入れたお餅を伸ばしてるし。

相変わらずマイペースだな。


「や、それは見ればわかるって。なぜにここで? そしてなんで今?」



「はいはーい! オレが持ってきたからでーす!」


シャキっと立ち上がって手を上げたのは木村君。

さっきの雪合戦で、最後の一撃をイッペー君にお見舞いした男の子。

そう言えば、木村君ちは和菓子屋さん。

聞けば、受注ミスでお餅が大量に余ってしまい、みんなで食べようと学校に持ってきたらしい。


国語準備室は教師用のデスクがいくつか並んでいる。

それとは別に、なんのためなのか、応接室に置いてありそうなテーブルとソファのセットがある。

そこには4、5人の生徒がいて、残りの子は部屋の中をうろうろしていたり、他の先生のイスに座ってたりしてる。


イッペー君は自分の席についていた。


ローテーブルの上にはどこから持ってきたのかカセットコンロが置いてある。

そこに網を敷いて、お餅が乗っかっている。

つまりあたし達は、“お餅を焼く係り”として呼ばれた……らしい。


火災報知器は反応しないのかなぁ……なんて思って天井を眺めてみたり。



「すっげっ!」


イッペー君の席の近くにいた木村君が、突然大きな声を上げた。


「あ、こらこら。勝手に触らなーい」


木村君が覗き込んでいた紙袋をさっと取り上げるイッペー君。


「何?」


って感じで不思議そうな目を向けていたあたし達に、木村君が教えてくれた。


「チョコが大量に入ってた!」


ああ……きっと先週のバレンタインのチョコだな。


イッペー君が生徒に囲まれている姿をあたしも見かけてた。

あたしも用意はしていたんだけど、結局、渡すことができなかった。

あたしからのチョコは重過ぎる気がしたから。


「イッペー君、1個もらっていい? オレ今、チョコ食いたい! つーか、餅でくるんで、チョコ餅にしない?」


紙袋に伸びた木村君の手をイッペー君はパシンッとはたく。


「これは持ち帰って、オレが1つ1つ大事にいただきます。可愛い生徒からの愛情が詰まってるからね」


「よっく言うよ。一週間もここに放置してたくせに。絶対、チョコの存在忘れてただろ」


木村君の突っ込みに、ギクリと顔の表情を変えたイッペー君。


――あ、図星。

この人ってホント、ウソつくの下手。

「ねぇ、ねぇ」


芙美がイッペー君の方に近づく。


芙美もあたしと同じで大人っぽく見られる方だ。

だけどあたしとはちょっとタイプが違う。

メイクも慣れてるし、色気みたいなものも漂ってる。


イッペー君の机に腰かけ、まるで挑発するように足を組む芙美。

ミニスカートから出ているすらりとした長い足に、女のあたしでさえドキドキしそうになる。



芙美は甘えたような声を出してイッペー君に問いかける。


「イッペー君てさぁ。
うちらみたいな可愛い女子高生に囲まれてても、1回もクラッときたことないの?」