アホ


アーホ



って、

それはきっとアノヒトの口癖。


カツカツと

響き渡るはチョークの音。



「イッペーくーん、授業だりぃ」


カツカツカツ……


「イッペー君、イッペー君! ほらっ。雪積もってるし♪」


カツカツカツ……


「雪合戦しよー。雪がっせーん」


カツ……ボキッ



あ……チョーク、折れた。
「お前ら、アホか」


ほら出たっ

“アホ”


「オレの首、飛ぶっちゅうねん。それでなくても、目ぇつけられてんのに……」


ぶつぶつ言いながら、指の間で小さくなったチョークを放り投げて、新しいチョークを探しているコノヒト……


小寺一平(コデラ・イッペイ)、23歳。


「つーか、いい加減、先生と呼べ。先生と」


「何を今さら!」


誰かのツッコミにクラス中が笑った。



そう。

コノヒトは、先生。


国語教師であり、うちのクラスの副担任。
「イッペー君はイッペー君じゃんね」


後ろの席の女の子達がクスクス笑ってる。


イッペー君、完全になめられてますよ?



イッペー君は教師1年生。

あたしたちは高校2年生。



その2年生もあとちょっとで終わる。


頬杖ついて、窓の外を盗み見る。

男子が「雪合戦したい」なんて言ってるのも、よくわかる。


昨夜ドカンと降った雪が中庭一面に積もっている。

この街にこんなに雪が降ることはかなりめずらしい。



この雪が溶けて

気温が上がって


蕾が膨らんで


やがて

桜の木がこの中庭いっぱいにピンク色の花びらを降らす頃、

あたし達は3年生になるんだ。



そう、桜が……

サクラが…ね。



「――サクラ。おーい、サクラ」


へ? あたし?


ポンと教科書で頭を叩かれたあたし

咲楽愛子(サクラ・アイコ)。


只今、イッペー君に片思い中の17歳。

見上げるとすぐそこに、イッペー君の顔。


「おわっ」


失敗。

びっくりしすぎて、可愛くない声出しちゃった。


「ボケっとすんなよー? サクラ、お前も、雪合戦したかったんか?」


「いえ……すみません」



気の利いた返しもできず、真っ赤になってるであろう頬を教科書で隠した。


こんな場合、関西人なら上手くボケたりつっこんだりするのかな?


中学まで大阪に住んでいたらしいイッペー君は、大阪弁を話す。


それが良い!

……と女子生徒には評判。



独特のイントネーション。

イッペー君の口から紡ぎだされる“アホ”は、まるで5段活用みたいにバリエーション豊富。


アホ

アホか

アホちゃう

アホやろ

アホやなぁ


って。

「うーい。じゃ、これ、最後の課題なー。ちゃんとやれよー」


イッペー君は先生のくせにかなりいい加減。


絶対ちゃんと数えてないでしょ?

適当に振り分けたプリントを1列目の席の子に渡していく。



案の定。


「イッペー君、こっち足りませーん」

「こっちは余ってまーす」


最後尾の席の子達から不満の声が上がる。


「アホぉ。んなん、適当にそっちで帳尻合わせたらえーやん」


って。

ほら、いい加減。


そしてまた“アホ”。


まったく。


国語教師らしからぬ不適切な発言だ。





ん?


あたしは手にしたプリントに目をやった。


何これ。




問 

「I LOVE YOU」を日本語訳せよ。
 
ただし、
「好き」「愛してる」などの
直接的な表現を使わずに





問題は、たったこれだけ。