「……」
黒髪と同じ色をした黒の瞳が、煉を見つめている。
時間的にはそんなに絶っていない筈だが、煉には何時間もこうしているように思えた。
何か喋らないと、と思う。
聞きたい事だって沢山ある。
けれど、言葉が喉に詰まっている様に出て来ない。
「あの…「ここ…どこ?」
何でも良いから、と振り絞って出た言葉は、彼女によって消された。
この沈黙から解放されたかった煉は、少しホッとする。しかし、彼女の言葉を瞬時に思い返した。
「今…?」
「…あの…ここは何処なんですか?」
聞き間違いではない。
さらに彼女は続ける。
「…誰かに呼ばれていたんです。今日の朝からずっと…。そしたらさっき、一際大きく聞こえて…。気付いたら貴方が見えて…。私を呼んでいたのは…」
何処かで聞いた話だ、と煉は思った。
「…俺も同じ」
「…あぁ…その声…」
どうやら思った事は同じで。
煉も彼女の声を聞いたとき、直ぐに分かった。
朝からずっと、自分を呼んでいた声の主だ、と。
「貴方は…誰?」
「誰って…」
この女性は零じゃないのだろうか。
でも昔は、短かったけど艶のある黒髪と、幼さを残す面立ち、透き通るような白い肌に、髪と同じ色の大きな瞳と長い睫。
そして何より雰囲気。
「待って」
「……?」
答えるより先に、煉が口を開いた。
「君は…零なのか?」
ザワっと風に吹かれて、木技が揺れる。
アヤメの花片が一枚、その風に乗って舞い上がった。
「…私は…“真神零”ではありません。彼女は死にました。……私…私は……」
彼女の声が小さくなる。
「…?」
一度大きく揺れたかと思うと、彼女はふらりとその場に倒れ込みそうになり、
「…ちょっ…!」
寸前で煉は抱き止めたが、下敷になって一緒に倒れてしまった。
「…っ痛ぇ…。おい…大丈夫か?」
彼女に返事は無い。
「…はぁ…」
彼女を仰向けにさせ、顔を見て様子を窺う事にした。
心なしか伝わる彼女の体温は高いが、汗はかいていない様だ。
「これは…」
煉はこの症状を知っている。
一族の様な特種な人間が、こういう風な熱を出す事は度々あったからだ。
特に、零はいつも。