亜姫がマンションに帰ると、大きなトラックが入口に止まっていた。
引越しシーズンの今、特に気にかけることなく亜姫は自室のあるフロアへ。

「全部運んだら帰れよ」
「はいはい」

若い男の声。

「後で店に顔出す」
「わかった」

ひょっとして、うちの隣…?

「あ」

亜姫はポカンと口を開け、その場にフリーズした。

「あんた…」

公園で倒れてた血まみれの金髪。

「お、お隣りさんのお出ましだ」

関わると面倒なことになりそう。
本能がそう警告していた。

亜姫は目を合わせないように部屋の鍵を開け、ドアを開く。
金髪の男は強引にドアと亜姫の間に入り、顔を寄せる。

「無視しないでよ、中里亜姫ちゃん」

鋭い瞳。

亜姫は身体が凍てついた。

「市矢、俺帰るからな」
「オッケ。またあとでにー」

おじゃましまーす。

市矢と呼ばれた男はずかずかと亜姫の部屋に入る。

「昨日はアリガト」

ケガ、おかげさまで直りそうよ。

「お礼を言うにはやり方が乱暴ね」

紳士はそういうことはしないものよ。
亜姫は腕を組んだ。

「しかも人の名前を知っておきながら自分は名乗りもしないで」
「市矢。九城市矢」

知らない?

「知らないわよ」
「お前なー、先輩に生意気な口聞くなよな」

は?

「春樹にチクるぞ」

菊地先輩に?

「あんた一体…」
「まぁ今日はこんくらいにしとくわ。また明日な」

意味がわかんない。

「新手の嫌がらせ?」

ひょっとして全部夢なんじゃないの?
寝て起きたら、きっと何事もなかったかのように毎日が始まる。

これはきっと、悪い夢だ。