ねぇ、生きるって何。

目が覚めた女は、命を救った市矢に向かって暴言を吐いた。

「赤の他人に余計なことしないでよ。あんたっておせっかいね」
「親御さん、すぐ迎えに来るって」

女は目を細めて睨みつける。

「勝手なことしないでよ。何も知らないくせに」

女は出ていった。

「っんだ、あの女!」

せっかく人が助けてやったのに。

「余計なお世話だったみたいだね」

さ、市矢も帰んな。

「…帰る家なんてないよ」

知ってるくせに。

「いつまでもここにいるわけにもいかないだろ?」
「いーやーだー。俺の家はココなの」

勉強、運動、リーダーシップ。
不自然な黒髪にめがね姿。
昼間の市矢は完璧な優等生の顔を持って。

暗闇になれば、地毛を靡かせて人を壊す。

市矢は意図的に人格を分けていた。

昼間は母親が望んだであろう、真っ当な人生。
夜は欲望のままに破壊を繰り返す。

そうすることで精神的安定を保っていた。

「お金とか、もういいから。それは市矢のお金じゃないだろ?」

このバーの主は、バンダナの男、原田浩一の兄。
兄は今は病院で眠っている。

「兄さんのこと…俺は市矢を恨んでないから」
「浩一…」

初めて人を殴った日。

ケンカを止めに入った浩一の兄を、市矢は潰してしまった。
止まらなかった。

人を壊すのがたまらなく気持ち良かった。

「ごめん…」

俺が家を飛び出して、九城家は両手離しで喜んだ。
厄介者が出ていったのが余程嬉しいのか、金は腐るほど送ってくる。

市矢はその金のほとんどを浩一に受け取らせていた。

「金渡したからって解決できるとは思ってねぇよ」

ただ、そうしないと自分の気が納まらない。

「市矢…」

浩一は市矢の生い立ちのすべてを知っている。
だからこそ市矢の傍に居られるのだ。

浩一は優しかった。
見ず知らずの他人のケンカを止めに入った兄のように。

市矢は迷惑とは思いつつ、浩一の隣が居心地がよかった。
けれど、ケンカはやめられなかった。

浩一も理解していた。

「抵抗してこない気絶した相手には手を出すな」

市矢は浩一との約束は決して破らなかった。