初めて出会った時、僕は10歳、彼女は12歳だった。

「和友、ご挨拶なさい」
「こんにちは」

彼女は返事もせずその場から去って行った。

「このままじゃやばいよなぁ」
「やばいですねぇ」

こんなこと春樹本人には言えないし。

「あっちが無理なら亜姫をどーにかしようと思ったんだが…」
「うまく行きませんねぇ」

西日が眩しい生徒会室。
市矢と和友は各クラスの提出したプリントに目を通しながら無駄話。

「せめて文化祭まで待って欲しかった…」

亜姫の気持ちが落ち着くまで。
もう少し時間を空けての接触が望ましかった。

「そうですねぇ」

こうなったら、接触を避けるのは難しいでしょうね。

「でも、黙ってれば本人はわからなくないですか?」
「そんなもんかねぇ」

もし気付かれて情緒不安定になられたら困るんだ。

「チャンスじゃないんですか?」
「チャンスと言えばチャンスだけどよ」

あの頑固さと意地。

「そんな簡単によそに靡くような女じゃねーだろ」

フラれた今でさえ春樹に執着してるやつだぞ。

「…大丈夫じゃないですか?」

亜姫さんはともかく。

「市矢さんより僕のほうが彼女をよく知ってます」

大丈夫です。

「彼女なら上手に亜姫さんを諦めさせることができますよ」

僕をそうさせたようにね。

「和友…」

初めて出会った時、彼女はもう兄の婚約者だった。
僕はあの時、彼女に恋心を抱いたけれど、すぐに悟った。

彼女には、僕よりもっと強い気持ちで兄さんだけ。

兄さんには見えていない。
笑顔に隠された強かな彼女の姿が。

でも僕にはそれでいいのだと思えた。

「女は怖い生き物ですよ」

香織さんだってそうだったでしょう。

「あいつは…」

怖いと言うより。

「本人が思うよりずっと、可哀相なやつだった」

女は怖い生き物だ。

だけど、それと同時に可哀相な生き物でもある。

「そろそろ帰りましょう」
「そうだな」