人は過去の面影を引きずって尚、また誰かを好きになるものだ。

「あの子、うちの制服着てるね」

こんな雨の日にしゃがみ込んで、何してるんだろう。

「猫…?」

ずぶ濡れになった猫を抱き上げて、歩き出す。

「市矢、あの子なんていうのかな?」
「…知らね」

似ていた。

外見じゃない。
だけど、確かに姿がダブった。

どうしても確かめたかった。

初めて出会ったとき、俺は倒れてるあいつを助けた。

今度は、倒れてる俺をこいつが助けた。

繋がっている。
決められた運命のように。

−市矢、あたし−

あの時の、あの顔が、あの声が。
まるで、今起こっているかのように。

−あたし、死ぬのよ−

フラッシュバックする。

俺と出会わなければ苦しむこともなかったのに。
俺が、あいつと出会わなければ。

あいつは、なんの悔いもなく死ねたのに。

「市矢?」

あたし、もう帰るわ。

「あ、あぁ…」

様子が変だった。
亜姫は次の日、市矢の姿を見なかった。

「香織の夢を見たんだ」

閉店後のバーのカウンターに、市矢は座っていた。
引越しのときの男がグラスを磨いている。

「死にたくないって、叫んでた」
「市矢」

あいつがいなくなるまでは、死ぬほど勉強して医者んなりたかったんだけどな。

「その目標ももうねぇ」

空っぽだ。

「お隣りさんは?」

あいつは相変わらず春樹に夢中だよ。

「相手が死ぬわけじゃないんだから、見易い目標じゃない?」

あのときみたいに時間が限られてるわけじゃない。

「楽しみなよ、市矢」

お前もその人も今、生きてるじゃないか。

「今んとこ死ぬ予定もねーしな」

そうそう。

「頑張ってみっか」

テストは初日から亜姫の苦手な数学。

「…逃げたい」

亜姫は机に突っ伏した。

「亜姫ちゃん、九城先輩に勉強見てもらったんじゃないの?」
「まぁいつもよりマシとは思うけど…」

憂鬱。

「あ、亜姫ちゃん菊地先輩だよ」

憂鬱…じゃない。

亜姫は勢いよく起き上がった。

「お疲れのとこ悪いけど、放課後生徒会室に来てね」
「は、はいっ」