ミウは肘をついて俯き、デスク上のペンを目的なく見つめていた。
開いた教科書は頭に入らず、辺りの音も聞こえていない。

教室のドアが開くと教授がやってきた。

急に隣のカオナが肘で小突いてきてミウは現実に引き戻された。
まだ寝起きのようなミウはカオナを見ると、言葉にならずに魚のように口をパクパクさせて教壇を指さした。
指の先、教壇には先ほどの旧日本人の男が立っていた。

「えーと」
彼は軽く咳払いをして、生徒たちに話し始めた。
「この時間のボブ教授が、先週急病で入院なさって、急遽私が臨任となりました」
ミウとカオナだけではなく、生徒全員が凍り付いて彼を直視している。
「ヤマト・グリーンウッドです。教授が回復するまで、よろしく」
事前にかなり練習してきたのだろう、一気に話し終えると大きく息を吐いた。

「あ、あのぉ。質問して良いですか?」
カオナが手を挙げて話しかけた。

「あ、はい。どうぞ」
下を向いて頭を掻いていた彼が慌てて顔をあげて答えた。

「教授は旧日本人ですか?」
ずばりと単刀直入に聞いてきた。彼女の性格そのものだ。
しかし全生徒が確認したいことでもある。

「ああ、そうだよね。みんな驚いたよね。私は日系三世です」
「外見があまりに日本人っぽいから、よく純粋な日本人と間違われるんですよね」
頭をかきながら苦笑いをした。
「ほら名前も日本人っぽいだろ、あははは」
妙な緊張感が漂っていることを気にして、おどけてみたが効果はなかったようだ。

「じゅ、授業を始めますね」
懸命に平静を装って、教科書を当てもなくパラパラとめくり始めた。

そんな彼の行動とは裏腹に、生徒たちの動揺は収まっていない様子だった。

同じようにミウも落ち着かなかった。