サトウ・ミウは東京市新宿街のアパートメントに両親と暮らしていた。

顔立ちは少女のあどけなさが残り、やや細身で肌が白く、背中まで伸ばした髪が印象的だ。
おとなしい服装が好みで、どちらかといえば目立たないタイプであろう。

市内の大学に通い、十八歳になる来年にはGAPの決定した就職先で働くことになっていた。

その日、普段と変わりない朝を迎えて両親と朝食を済ませると、自宅から徒歩で十分ほどの大学へ向かった。

大学までの道のりですれ違うのはGAP関係者の外国人ばかりで、旧日本人の姿を見かけることは皆無に等しい。
いくらGAP関係者が多くいたとしても、ここ新宿も以前のような賑わいなどない。
周辺の建築物だけが墓標のように聳え立っているだけだった。

大学は、以前はなにかの専門学校であった八階建ての建物を大学校舎へ流用したものだ。

校舎近くになると数人の生徒の姿が見られるようになった。

全校生徒数十二名だけとあって、お互いが顔や名前だけでなく性格まで知っている。

「おはよ」

校舎内のエレベーターを待つミウに声をかけてきたのは、ミウと同じ年のサトウ・カオナだ。

ミウより少し背が高く、やはり肌が白い。

端正な顔だが、短めの髪は彼女の活発な性格を表していた。

「おはよう」
ミウも笑顔で答えると、二人でエレベーターの到着を待った。

「早いよねぇ。あと半年で就職だもんなぁ」
溜め息まじりにカオナがボヤいた。

「本当だね。ついこの間、大学に入ったばかりみたいだね」
優しい口調でミウが相槌をうつ。

「なんかさぁ。思い出とかないよねぇ」
カオナが首を横に垂れると、ミウは笑顔で返した。

エレベーターが到着して二人が乗り込むと静かにドアが閉まり始めたときだった。

勢いよくドアを静止する手が現れた。

ドアをこじ開けると、見知らぬ旧日本人男性が滑り込んできたのである。

「すいません。遅刻しそうなんです。乗せて下さい」
男は息を切らせて額に汗を滲ませていた。

大学内の旧日本人であれば全員知っているはずだが、見知らぬ男の登場で二人は呆然とした。