「ごめんね。でも、あの時言ったことは嘘じゃねぇよ。今でも変わってない。妃憂が俺を嫌っても憎んでも、俺は絶対嫌いになったりしない。大好きだから…」


シイヤは宥めるようにわたしの背中をゆっくりとした手つきでさすってくれる。

彼のシャツから離し、胸の前で固く握り合わせた手だけが、小さくカタカタ震えていた。




「もう遅い…つっても朝だけど。そろそろ寝よっか?」


こくんと頷く。


「好きなだけ寝ていいからな?じゃ、おやすみ妃憂」

「…おやすみ」




――数分後。


シイヤは穏やかな寝息を立て始めた。片腕はわたしの背中に回されたまま。

わたしはまだ眠れずにいた。〝大好き〟さっきシイヤに言われた言葉が耳にこびりついているの。なかなか消えていってくれないんだ。


薄目を開ける。鼻先が触れ合いそうなほど近い距離にある寝顔。子供みたいにあどけない表情。


ねぇ…。

わかってるんでしょ?シイヤだって、本当はわかっているんでしょう?わたしたち…本当はこうやって一緒にいちゃいけないんだよ。

わたしはシイヤに優しくできない…。好きになんてなれないよ、きっと。傷つけ合うことしかできないわ。


それにね、あなたの言う大好きは、わたしへと向けられてはいない。初めて会った時だってあなたはわたしじゃなく、あの子の名前を口にした。シイヤが好きなのは、わたしじゃないんでしょ?



ゆっくり。彼の頬へと指を伸ばす。


あなたが好きなのは…




「ん」


わたしの指先が触れようとしたときだった。シイヤの唇がかすかに動いたのは。



「……き、さ…」

「――――っ!」



〝妃紗〟。

譫言のように紡がれた名前に、耳を塞ぎたくなってしまう。心臓が早鐘のようにどくどく激しく動き出した。息が、つまってしまいそう。

光を奪われたように視界が真っ黒に染まる。心につけられた古傷がジンジン痛み出し、血が流れてゆく。涙が、出そうになるの。