部屋の中へ戻ると、シイヤは上着を脱ぎネクタイを緩めた。わたしは透明なコップに冷たい水を汲む。お疲れさま、なんて素直には言えないから、せめてもの気遣いのつもり。



「これ、お水」

「おーさんきゅ」


相変わらず無愛想にコップを差し出せば、彼はにこっと笑いそれを受け取った。

まったく…。そうやって一日何人の女に微笑んでるんだか。


わたしがコップを片付けると、狭いシングルベッドに2人で横になる。

最初の頃は同じベッドで寝ることにずいぶん抵抗を感じていたけど、今じゃなにも感じやしない。慣れって怖いわ。


ぼーっと天井を見上げていると、シイヤは携帯を開き文字を打ち始める。これは、寝る前の彼の日課。わたしは彼に背を向けガラス戸の方を向いた。

ガラスを一枚隔てた先に広がる空は、薄紫から水色へと変化しつつあった。すっかり星が消えた空に寂しく浮かぶ、欠けた白い月。

また、今日がきたんだ。




「お前明日学校だろ?俺のこと待ってないで、寝ときゃよかったのに」


シイヤが話しかけてきた。

カチカチ。まだ聞こえる文字を打つ音。わたしは背中を向けたまま口を開く。



「あんたのこと待ってたわけじゃないよ。寝れなかった…だけだもん」

「あー…俺がいなかったからね。寂しかったんだ?」

「…ばっかじゃないの。別にシイヤなんかいなくても全っ然平気ですから」


おどけた口調のシイヤを冷たい声で笑ってやる。

本当にひねくれてるな、わたし。




「っ?!」


すると、いきなり腰に腕を回されぐいっと引き寄せられる。

唐突すぎて抵抗する暇もなかった。


腰にしっかりと回された両腕。背中越しに直に伝わってくる体温。吐息が首筋にかかる。

ふわり、香る清潔な石鹸の香り。香水のような、甘い匂いも鼻をかすめた。あぁ…またか。仕方ないんだろう、これも。彼の職業上は。

…あれ?わたしはいつからこんなにも、聞き分けの良い子になったんだろう?