体を両手で支え起き上がり、玄関へと歩いていく。ぺたぺた、ぺたぺた。素足で暗く冷たい廊下を進む度、乾いた音が木霊する。


スーツ姿のシイヤは壁に片手を付き、のろのろと靴を脱いでいた。疲れているんだろう。接客業は、なにかと精神力をすり減らすから。


――シイヤ。

年はわたしの2つ上。19歳。髪は最近また染めて赤茶色。長めの襟足を、ピンや細いゴムでいつも結んでいる。涼しげな目許をしていて、女みたいに綺麗な顔を持つ。ある意味顔を売る今の仕事は…まさにぴったりなんじゃないだろうか。



声もかけず、黙ったまま佇んでいると顔を上げたシイヤとばっちり視線が交わった。途端に彼は無気力だった瞳に力を取り戻し、おもちゃを見つけた子供のように表情を綻ばせる。



「ただいまっ妃憂(キイ)」

「…おかえり」


嬉しそうに駆け寄ってくる彼。無愛想な声を返すわたし。



「わざわざ玄関までお迎え?珍しいじゃん」

「別にシイヤのこと迎えにきたわけじゃないし。音がしたから…確かめにきただけ」

「鍵持ってんの、俺とお前だけなのに?ほんと素直じゃないなぁ」


呆れたような言い草ながらも、シイヤは瞳を緩めた。

こうやって彼が優しくわたしを見つめる度、複雑な気持ちになってしまう。だって怖いの。一線を、越えてしまってはいけないから。



「妃憂。ありがとな?」


そんなわたしの思いなんてお構いなしに、シイヤは愛しそうに目を細めわたしの髪に細長い指を通らせた。

左手に、昨日送り出した時にはなかった真新しいリングが光っていることについては、あえて口にしなかった。気づかない振りをした。


なんとなく恥ずかしいから目を瞑る。

あのリング、どこのブランド物だろう。どんなお客さんに貰ったの?その女性にも、こんな風に触れたのかな…って、そんな疑問を抱えながら。

髪をすり抜ける指の感覚に意識を集中させていると、なぜか、からっぽな心が震えだす。シイヤは…一体誰の髪を撫でているつもりなんだろう。わたしに触れながら、彼の瞳が映しているのは…やっぱりあの子なの?