『ここで吸わないで下さい』

『うっさいガキねぇ…窓開けてやってんだからいいじゃない』


――そう。確か、あの女も病室で煙草を吸っていた。



『とにかく、あんたは兵庫の叔母さん家へ行きなさい』


『妃紗は…?』

『…知らないわよ。電話したらあんただけ引き取るっつったんだから。ったく…本当に迷惑な話よね。厄介なもん残して…』


吐き捨てるように言い、無色の瞳で窓の外を眺めている妃紗を白い目で睨む。


――生きるか死ぬか、もっとはっきりしてほしいもんだわ…――




「っ」


その瞬間、わたしの目の前に何本もの細い煙が立ち上がった。息を止め、思わず身構えてしまう。


「あれ、ココアって言わなかったっけ?」


シイヤの声に我に返る。

よく見れば、確かにそれはホットココアの入った紙コップ。甘い香りが鼻をくすぐった。


「間違えた?」

「ううん、いいの!ありがとう」


明るく笑いコップを受け取る。

両手で包み込むように持つと、温かさがじんわりと広がってきた。


いけない…また思い出そうとしていたんだ。例え意識していなくても、ふとした瞬間に過去は顔を出す。

きっかけは、いつも身の回りにたくさん散りばめられているの。〝忘れることも、逃げることも許さない〟って。まるでそう言ってるみたいにね。