「ほら笑えって」


突然頬を摘まれた。

はっとすると、わたしを見下ろしているシイヤと視線がかち合う。


「妃憂がそんな泣きそうな顔してたら、妃紗が悲しむだろ」


物悲しそうに笑い、シイヤはわたしから指を離し、また妃紗へと視線を戻す。

あぁ…そっか。悲しいのはわたしだけじゃないんだ。シイヤだって悲しいんだよね。


彼は今、一体どんな気持ちで妃紗を見ているんだろう?

妃紗をこんな状態にしてしまったわたしを…いつもどんな気持ちで見ているのですか?




「あのね、妃紗」


なんとか気を取り直し、わたしは妃紗に話しかけた。


『特効薬や治療法はありません。ですが、とにかく話しかけてあげて下さい。笑ってあげて下さい。妃紗さんの心は、ちゃんと聞いているはずですから』

医者はわたしにこう言った。

だから話しかけ続けるの。相変わらずなんの反応も返してくれないけれど、妃紗はちゃんと生きている。きっと伝わっているんだ。わたしの話を聞いてくれているんだ。

って、そう信じながら。





暫くしてわたしたちは病室を後にした。

1階へと降り、自販機が数台並べられた休憩スペースへと向かった。



「俺コーヒー飲むけど、妃憂は?」

「じゃあココア」

「んー」


チャリン。小さな音を立て、小銭が中へと落ちていった。

ふと、すぐ横にあるガラス張りの狭い喫煙所へ目をやる。数人の男性が煙草を吸っていた。濁った煙が室内に充満していく。


煙…煙草のけむり……

それを眺めていると、過去のワンシーンが蘇ってきた。