「そんな慌ててどした?…あっトイレ?」

「ち、ちがうよ!別になんでも、ないもん。そうゆうあんたこそなにしてたの?」

「あぁ、起きたら着信入っててさ」


そう言うシイヤの右手には、確かに仕事用の黒い携帯が握られていた。



「妃憂まだ寝てたから、あっちでかけてきた」

「ふーん。そっか」


相手が誰なのかは聞かなかった。同じく内容も。

どうせ、同伴の誘いかなんかでしょ。


なんとなくわかってしまったとしても、言葉に出したり嫌そうな顔をしたりはしない。そんなことすれば、シイヤの日頃の苦労を踏みにじってしまう。彼がホストを続ける理由。それは少なくともわたしにだって関係しているのだから。



「妃憂…」


携帯を上着のポケットにしまったシイヤが、急に真面目な声を出す。

なに?と目で先を促すと、彼は柔らかな笑みを浮かべた。



「だいじょーぶ」

「は、なにが?」

「そんな焦んなくても、俺は妃憂を一人だけ残して突然いなくなったりしねぇよ」


まるで、わたしの考えなんて見透かしているようで。

どきっとした。わたしはそんな優しい言葉なんてかけてやれないのに、どうしてシイヤは…。


なんの言葉も返せないわたしにシイヤがゆっくり近づく。そして、そっと頬に触れてきた。

温かい大きな手。



「そんな顔すんなって。大丈夫だから」


彼の瞳に見え隠れする切なげな色。


「妃憂から離れてくことはあってもね、俺からは、絶対に離れてったりしないよ…」


からっぽな心にその言葉が優しく、悲しく…響き留まった。