走って走って。走り続けて。

やっと人が少なくなり、派手な店も目が眩みそうな明るい照明もなくなり始めた、そのとき…




『おい待てって!さっきからなんで無視すんだよ…―――妃紗(キサ)っ!!』



大声で叫ばれた名前。

淡い月明かりが降り注ぎ、コンクリートに浮かび上がる2つのシルエット。

強く肩を掴まれる。背後ではさっきの男が肩で息をしているのがわかった。なんで…なんで…




『なんで、妃紗のこと…知ってるの?』


ゆっくり振り返り相手の顔色を窺う。男は驚いたように目を見開いた後、次第に困惑の色を浮かべた。



『はぁ?お前なに言ってんの?ふざけんなって!』

『ふざけてなんか…ってこの手どけてよ!』


肩に置かれたままの手を勢いよく振り払った。知らない男に触られることに対しかなりの嫌悪感を抱く。これも全部、あの男のせい。あいつから始まったんだ。

わたしのこの反応に、男はますます表情を曇らせた。



『なぁ…ほんとにどうした?妃紗…お前、いつもと全然ちがうじゃん。なんか今日おかしいよ?』


泣きそうな瞳で語る。

一方わたしの頭は疑問で埋め尽くされていた。なんでこんなホスト風の男が妃紗を知っているの?〝いつも〟ってことは、前にも数回会ってるってこと?一体なんなの?誰なのこいつは。妃紗と…どんな関係なのよ?




『ちがうよ。わたし…妃紗じゃない』

『え…?』

『わたし、妃憂だけど』

『え、うそっ?!妃紗じゃなくて妃憂…?は?嘘だろ誰それ…誰なのお前…?』



わたしを指差し、男はなんともまぬけな顔をする。よっぽど混乱している様子。

まぁ…仕方ないか。こんなのよくあることだ。



『わたしは、妃紗の…―――――』






【出会いの夜】

((ほんとうに、皮肉よね))
((例えここで出逢わなくとも、彼とわたしは…いずれは出会う運命にあったのでしょうか?))