俺の問いに、すぐみんなが反応した。
「ないな」
「後悔はしてないです」
「してたら今ここにいないよ」
完全一致で笑顔。
「結局、無駄なものなんて人生にはないんだよ。俺のバンド経験も今、なんとなく生きてるし」
「人生とは、これまた大きく出ましたね」
「はは!!カッコイイだろ?」
また笑いが起きる。
サラリーマンになってれば親にも心配かけなかっただろうし、美羽ともうまくいってたかもしれない。
けど…夢を諦めて普通に生きるのがカッコイイ大人なら、俺はずっと子供でいい。
偽りの幸せなんて欲しくない。
……この場所で今、本当にそう思うんだ。
「美羽にとって幸せって何?」
仕事帰りに美羽の家に寄った俺。
「え、急にどうしたの?」
「何となく」
美羽の考える未来に興味がある。
俺はそれを手伝えるかな?
「んー…昔は普通の家庭をつくることだったけど」
「普通?」
「そう。平凡が一番って言うし?あたしん家が普通ではなかった分、憧れてたのかな?」
一度俺達が別れた頃の話だろうな。
お互いが分かってるフリして、気付けてなかった。
俺も冷静に周りが見えなくなってた。
「今は?」
すると美羽から、想像もつかない答えが返ってきた。
「必死なときが幸せ♪」
「必死?」
「昔は妙に大人ぶって、冷めてる自分がいたの。でも今はホルンにも、直樹にも必死なの!!」
ホルンに必死は分かるけど……
「俺にも?」
「そうだよ!!直樹に負けてらんないし、それに…」
「それに?」
「直樹が好きだから、他の人に取られないように必死!!でもこれが、今のあたしの幸せ♪」
いつもの幼い笑顔で言い切った美羽。
「……ぶっ」
「あー笑ったなあ!!」
今度はわざと頬を膨らませる。
「普通必死って、追い込まれてね?それが幸せなんだ?変な奴」
そう言ってバカにしながらも、美羽が今の状況に後悔していないことが……
何よりもうれしかった。
「ヤバイ!!緊張して今日寝れないかもっ」
「笑顔で言っても説得力ないぞ?」
明日はいよいよ、美羽のコンクールの日。
「え〜これでも緊張してるよ?」
絶対どっか楽しんでるだろ。
全然いつも通りじゃん。
「直樹、リラックスできる曲歌ってよ。もちろん直樹が創った曲ね♪」
「は?リラックスできる曲って難しいし」
とか言いつつも、実は前から考えてた。
「は〜や〜く〜」
「分かった分かった。アイドルじゃなくて悪いけど」
ゆっくりギターを取り出す。
「え!?もしかして君空!?」
「嫌?」
「聞きたいー!!しかもアコースティックバージョン!?」
一気にテンションが上がった美羽。
「期待にそえるかは分かんねぇけど」
そしてコードを鳴らす。
きっと何千人の観客の前より、美羽一人の前で歌う方が緊張する。
けど、それでも俺は……
美羽のためだけに歌う。
パチパチパチ……
歌い終わると、小さな拍手をくれた。
「明日は晴れるよね?」
涙を流しながら優しく呟く美羽を、ギュッと抱きしめた。
今日俺は気持ちを伝えた。
明日は美羽が、気持ちを伝えてこい…!!
コンクールは流石に最終選考まで残った奴らだけあって、センスの塊ばっか。
美羽の順番になり、なぜか一般席にいる俺が緊張していた。
手に汗を握って、出てきた美羽を見守る。
そんな俺とは正反対に、美羽はあのキリッとした瞳を輝かせ…大きく息を吸い込んだ。
その音は、会場に響くどころか……
人々の心の中に入ってくる、美しく澄んだ音だった。
誰もが声をなくし、圧倒された。
課題曲さえも、今まで聞いたことのないメロディーを奏でている。
はは…やっぱ美羽はすげぇよ、大物だ。
この大舞台で全く緊張してねぇじゃん。
ブランクがなければ、今頃日本にはいねぇな。
けどいずれ、近い内にそうなるだろう。
うれしいような、寂しいような…。
そして当然、最優秀賞は美羽。
また美羽がステージに上がっただけで沸き上がった観客の拍手が、どれほどの音だったかを証明する。
美羽は他の誰よりも、頭一つも二つも飛び抜けてた。
ライバルたちの笑顔でそれもまた、簡単に証明されてしまった。
すぐに記者たちに囲まれた美羽。
一気に美羽が遠くへ行ってしまった。
何かを得るためには、何かを犠牲にしないといけないときがある。
「海外留学の話があるの!!」
やっと美羽と二人きりになれた夜、俺はそれを痛感していた。
あれだけのことをしたのだから、当たり前な気もするけど。
「行くのか?」
「また今度、詳しく話聞きに行くつもり」
美羽がどれほどオケに憧れてるのかを知ってる俺は、引き止めることもできない。
こんなときはガキになって、わがままを言ってみたくなる…。
そんな俺も君空効果で、新しいオファーをたくさんもらってる。
仕事をして気を紛らわせようとするけど、俺の曲にはどこかに美羽が存在してて……
突き放すことなんてできなかった。
ずっと夢見てた作曲家になれたのに、それが幸せなのか…分からなくなってきた。
無駄な言い訳、理由、戯れ事を頭に浮かべては消す。
"好き"だけで、恋愛はできない。
こんなときだけ大人な自分に腹が立つ。
情けない俺は結局美羽に、行くなとも…がんばれとも言えず……
明日美羽は日本を立つ。
「ねぇ直樹?」
「……ん?」
「あたしがいなくなって寂しい?」
バカじゃねぇの?
わざわざ出発前夜に、俺の部屋にきて言うことかよ。
「美羽が寂しいんだろ?」
今本音を言えば、美羽の重みになる。
そんなこと死んでもしたくない。
「寂しいよ!!でもあたしは大丈夫♪」
相変わらず幼く笑う美羽。
「何で?」
知らない土地に行くんだ、少なからず不安があってもよさそうなのに。
「あたしには君空があるもん」
今ここでその曲が出てくるなんて、考えてもみなかった。