「へ…?」
〈だから…夕陽ちゃんは大斗を頼むよ〉
「でも…あたしじゃ…」
〈俺が今、東京に帰るのは簡単だ。だけど俺は大斗が大事だからね。だから敢えて帰らないよ〉
〈正確に言ったら俺が行っても駄目なんだ。今の大斗には夕陽ちゃんでなくては、駄目なんだよ〉
「だって…あたし…大斗…行っちゃっちゃ…」
〈落ち着け、しっかりしなさい!!ちゃんと落ち着くんだ!!大斗の事、頼んだよ〉
夕陽に初めて向けられたマスターの大きな声。
「しげ、さん…」
〈夕陽ちゃんも、そろそろ向き合った方がいい。言っただろ?俺は夕陽ちゃんの事も大斗と同じように大切だよ。夕陽ちゃんのためにも、俺はそこには行かない〉
「しげさん…」
〈いいかい?切るよ。夕陽ちゃんが自分で越えるんだ〉
ツーツーツー。
電話は切られてしまった…
しげさんの言葉は理解できなかった。
あたしは何にも出来ない。
あたしは咲さんじゃない…
それに…
「ひぃちゃん?まずはひぃちゃんが落ち着こう」
恭次が宥めるように言った。
「帰る…」
夕陽は桜の木の下に落ちている自分の鞄と大斗の鞄を掴むとフラフラ歩き出した。
涙は止まったものの…
何て悲しく力の無い顔をしているのだろうか…
「ひぃちゃん…」
南深の言葉を征して夕陽は言った。
「少し独りになりたい…」
「送って―」
恭次の言葉を遮るように首を横に振る。
「ごめん…タクシーで帰る…」
昨日もちゃんと寝れてない…
ただ…
少しでも早く眠りたかった。
他には何にも考えることは出来なかった…
つかれた…
「ごめんね…落ち着いたら電話、する…」
そう言う夕陽に恭次はもう何も言えなかった。
夕陽は行ってしまった。
「ひぃちゃん独りで帰して良かったのかな…」
南深は走り去るタクシーを見ながら呟く。
「俺らが…構い過ぎても駄目だよ。ひぃちゃんも大斗も全然向き合ってない…」
「でも…」
「しばらく様子…見よう。」