例えば共学に進学していたら、私や彩紗にも既に彼氏がいただろうか。

好きな人がいたら、下駄箱にお菓子を忍ばせたり、
放課後呼び出して告白をしたりしただろうか。

その空想の節々に自分や彩紗、慶ちゃんを当てはめ、それは次第に妄想へと成長した。

バスを降りてマンションに向かって歩く途中、リップクリームを塗った。

そして慶ちゃんの姿がないことに少し安心し、すこし退屈した。

エレベーターの5階のボタンを押しながら、やっぱり日常はそう簡単に動き出さない。
そう心の中で呟くと、茉莉恵を取り巻く世界だけがそこから逸脱していると感じて、
私は小学生の頃の学芸会で台詞のない役をやったことを思い出して自分を蔑んだ。

「ただいま」


なんとも不安定な中学生の私の心は、そう言って玄関のドアをあけ、
母の作る夕飯の匂いを嗅いで再び落ち着くのであった。