「迎えに来る」とその男は言ったのに。

 頭に布を巻いて、目だけを見せていた。光彩は赤みを帯びていて、「兎のようだ」と言ったら「兎のままでは、姫には出会えません」と真面目な眼差しで答えるものだから、つい声を立てて笑ってしまった。

 だが、誰も恭を咎めはしなかった。父は旅人の頭との話に興じているし、母も旅人の踊りを見て手を叩いていた。

「このまま城から居なくなっても、誰も気付かないかも知れないわ」
 恭はいたずらっぽく呟いた。赤眼の男は何も言わない。
「貴方、私を拐ってくれて?」
 部屋の隅の暗がりに恭の呟きは飲み込まれた。男は返事をせず、恭の頬へ手を伸ばした。

「姫は酔っていらっしゃる」
 たしかに、侍女に言い聞かせ、今宵は酒を飲んでみた。ちっとも美味しいと思えなかった。
「早く、大人になりたいわ」
 男の顔が近づいてくる。恭も腕を伸ばして、男の顔を覆っている布に手を掛けた。そして、その顔を露にした。

「まあ」
 恭は溜め息をついた。美しい顔がそこにはあった。
「姫のほうがとてもお美しい」
「恭を大人にしてくださる?」
 赤眼の男は恭の耳をぱくりと口にした。恭はひゅっと息を飲む。男の舌が恭の耳朶をなぞり、そこにあった宝玉を絡め取った。