第一章 城下晴天也

第十の月 十六日


「よく晴れたなあ」
 杏恵孝は雨戸を開けると、鋭く差し込む朝日に目を細めた。

「あの大雨が嘘のようじゃな」
 共に空を眺めたのは、祖父の杏恵正である。手には不要な大量の布と、桶。それが二揃えある。
 ほれ、と恵正はその片方を手渡した。恵孝はそれを受け取って、いくつもの水溜まりが出来た大通りへ出る。

 杏の家は代々、医業と薬屋を営んできた。城下町の大通りに面した土間が薬屋で、そこが作業場にもなる。そこから履き物を脱いで上がると診療所であり、廊下が待合所で引き戸で診察室と区切られる。商いにはもってこいの場所に建物を構えても、無欲な血が受け継がれているからか、家族で切り盛りできるだけの商いしかしない。
 恵孝はことし二十五になる。杏家に生まれたからには医業を修めねばならない。幼い頃より父や祖父に厳しく教えられ、若いながら腕が良いと近所では評判だ。

 いま、評判のその腕は泥水で濡れている。