第十の月 二十八日

 恵正は、宿居場を訪ねた。医者の非常のための番は止まっているが、産婆や火消しの番は続いている。何より、身寄りのない「街の子」達は宿居場が住まいである。その子らの世話も、城下町の町衆が交代で務めている。

「杏の大先生」
 戸を開けると、恵正に気付いて「街の子」の一人が声を挙げた。すると、奥から足音が続いて、恵正は子供らに囲まれてしまう。朝飯の途中だったらしく、口元に米粒を付けている子もいた。
「おや、恵正先生」
 子供らに遅れて、姿を表したのは綺与だった。手には、やはり朝飯の途中だったのだ、汁の杓子を持っている。
「おや、綺与か。何だ、飯番じゃったか」
「先生、綺与さんの作るご飯はとってもおいしいの」と、どの子かが無邪気に言う。綺与は眦を下げる。
「そうじゃろう、綺与の店に働く女達は、みな綺与の作る昼飯を食って、男よりも力強く機を織りよる――」
 恵正は言いながら貞陽の姿を探す。が、見当たらない。

「貞陽はどこじゃ」
「なんだ恵正先生、貞陽ならお宅のすぐ近くさ」
 綺与は笑って答える。子供らを食堂に促し、まだ眠っている火消しの若衆を揺り起こしながら。
「一昨日から布団屋を手伝っているよ」
「そうか」