宿居場、というのは、城下町の町衆で取り決めたものである。杏家のような医者や産婆、火消しなどが、同業の中で順番を決めて宿居場に泊まっている。夜中、町で急の事態が起こった時には、火の見櫓の下にあるそこへ行けば良い。
医者は半月に三回、宿居番が回ってくる。番と言っても不寝番ではない。宿居場には温かい飯もあるし、厚い布団もある。宿居場の方が家より過ごし易い、と言う者もあるほどだ。何事もなければ、ただ町の真ん中で眠るだけのことである。
城までの道中に、その宿居場はある。家から半里程しか離れていないため、ひょっとしたらまだ父はいるかも知れない。恵孝は宿居場の木戸を叩いた。
「お早うございます、杏恵弾の家の者です」
「恵孝か」
中から顔を見せたのは、産婆の貫那である。城下町で生まれた赤ん坊の半分は貫那が産湯に浸かせ、恵孝を富幸から取り上げたのもこのひとだ。随分と腰が曲がってしまったが、それでも宿居番が回ってくる。