樹紀一二四〇年 第十の満の日


 桟寧国の王、章には、美しい娘があった。名は恭、歳は十六。章王と王妃は、恭姫を目に入れても痛くないほどに可愛がっていた。娘が多少我が強く、面食いでも、それを難点として両親が捉えることはなく、叶えられる望みは全て叶えてやった。

 だから、恭姫が大雨の夜に突然、月を見たいと言い出しても、章王は叶えてやろうとした。だが、そんなことは出来ず、まずは侍女らが、次に王妃が、最後に章王が恭姫を諭した。
 人間には雨を止ますことは出来ない。雲を晴らすことは出来ない。

「でもお父様、私は月が見たいわ」
 そう言うと周りの制止を振りきり、恭姫は傘も差さず、灯りも持たずに外へ駆け出した。