『良かったぁ』

幼子が、さらに笑顔を深くした。
その頬に、遠慮なく紫馬は唇を押し当てる。

『お兄ちゃんが、パパは忙しいから来てくれないって言うんだもんっ。
ねぇ、来てくれるよね?』

『いいとも。
今夜お邸に行って明日も一緒に過ごそう』

『本当?パパ、来てくれるの?』

無邪気な声が、キャンパスに響く。
紫馬もまた、楽しそうに彼女と談笑を続けている。


――お前、本当に親なのか?

清水の頭の中を疑問が駆け抜けていくのも気にせずに、

『ちょっと娘を送ってくる』

と。
当然のことのように紫馬はいい、その腕に愛くるしい幼女を抱えたまま、芝生を横断していった。
その三歩後ろを、悟ったかのような顔で歩いていく利発そうな少年。

その三人を清水は、見るともなしに見送った。



やがて、紫馬が一人でそこへ戻ってきた。

『今のって……』

『彼女、って言ったらどんびくよねぇ?』

どんびくというより、犯罪だ。
呆気にとられている清水を気にすることなく話を続ける。

『俺の愛娘。
可愛いでしょう?
ちなみに、少年の方は俺の子供じゃないよ?いくらなんでもそんな若さで子供は出来ないからねぇ』

『いや、そんな若さって言ったって』

さっきの幼女の推定年齢は5歳くらいだろうか。
なににせよ、二十歳になったばかりの青年の子供としては大きすぎる気がした。

『ああ、俺が高校のときの子供』

だから何?といわんばかりにさらりと紫馬が言うので、清水はそれ以上追求することが出来なかった。