「あら、それはご自分のことかしら?」

後ろからふいに、柔らかい声が聞こえて紫馬は驚いて振り向いた。

「君も気配が消せるんだねぇ」

いつの間に帰ってきたのか。この店のママが、玄関先に立っていた。
出て行ったときと変わらぬ和装で。
彼女が入ってくるだけで、この殺風景な店が途端に華やかになる。

「まさか。
あなたがあまりにも考え込んでいたのよ。
どうしたの?
さっきの執事さんに振られちゃったから落ち込んでいるのかしら?」

お、と。
ママの言葉に紫馬が目を細める。

「分かる?
彼が執事ってさ」

「さっき外で会ったから聞いたの。
都さんの執事なんでしょう?」

空になったグラスに、ウイスキーを継ぎ足しながらママが言う。

「そう、都さんの執事。
なかなか、適職でしょう?」

「そうね、イメージって感じだわ。
それで、何か気を遣って一足早くここを出て行ったのかしら、彼」

「うん、そうみたい。
何も言ってないのに。
あんなに、気ばっかり使ってると長生きできないと思わない?」

「その理論で行くと、あなたはいつまで経っても死にそうにないわね」

「相変わらず冷たいね、君は」

「あら、そうかしら?」

視線を絡ませながら、気心が知れたもの同士にしか許されていないテンポのよい会話が続く。