「俺は関係ないよ。
あ。なんで俺がここに居るか知りたい?
かなり長い話になるんだけど」

紫馬が自分の過去に触れることなんて、今まで一度たりともなかった。
清水が、黒い瞳で優しく微笑む。

「折角だから聞かせてもらおうか?」

「長いんだけどな」

自分で切り出したくせに、紫馬が口篭るのが可笑しかった。

「いいよ、朝まで付き合おう」

「嫌だなぁ。
一緒に朝を迎えるのは、美女だけだって決めてるんだけど」

眉を潜めた紫馬がそっぽを向いて、新たな煙草に火をつけながら冗談めかしてみせる様も、清水は黙って見つめていた。

何をやってもツイていなくて、挙句の果てには会社の先輩にまで殺されかけて、結局ヤクザになるしか選択肢を見出せなかった清水に比べて、紫馬は何にでもなれそうに見えていたからだ。


要領は良いし、人当たりも良い。
警察ですら、彼の支配下にあるという噂はよく耳にする。

紫馬は諦めて、紫煙を吐き出しながら清水を見た。
一度も見たことが無いような、穏やかな瞳だった。

何かを観念したような。
あるいは。
秘めていた昔のアルバムを、引っ張り出して眺める時の様な。

山奥の湖を思わせるような、静かに凪いだ瞳に、まるで吸い込まれるかのような錯覚を覚える。

飲みすぎたのか、と。
清水はうっかり反省しそうにすらなっていた。