――一方。

思いの他喋り好きの看護師を捕まえたことに気を良くした都は、長い会話の途中でそっとその場を離れた。
ゆっくりと歩き、今はもう人も少ない受付のロビーで新聞を読みふけっている男に声を掛ける。

『山下さん、お疲れ様です』

どこでそんな言い回しを覚えたのか。
姿さえ見えなければ、まるでOLのような口ぶりだ。

『煩いなぁ』

男は、新聞から目を離さずぼそりと呟いた。
山下というその男は、去年刑事になったばかりの新人だった。
血気盛んで、上司の言いつけも守らずに、暇さえあれば都のことを張っている。

最初は鬱陶しがっていた都だが、最近では新たなボディガードの一人とでも思っているらしく、山下の意向を無視し、このように声を掛けることも少なくなかった。

都は隣にちょこんと腰をかけ、声を潜めて囁いた。

『なんでも良いわ。
いい?あなた刑事なのよね。
奥の入院患者用のロビーで、今から殺傷事件が起きるの。
もちろん、被害者は一般人、銀組のものではないわ。
これを見逃すなんて、警官として、というか人として終わってるわよね。
いい?
私は一般市民よ。この通報が無視されるならマスコミに報告してあげるんだから』

新聞の向こうで、山下は面倒くさそうに鼻を鳴らす。

『ほら、早く行きましょう。
刑事さん☆』

都は山下の手を引っ張る。
三日も前の新聞をソファーの上に置き去りにすると、山下は諦めて都と共に歩き始めた。
どこか、猿にも似た愛嬌のある顔だ。
それを隠すために無理に伸ばした無精ひげが、子供がつける付け髭を思わせておかしかった。

……隠密につけていたつもりなのに、どこで小学生(ガキ)にばれたんだろう……

と、己の非力さを呪いつつ、山下は都と共に、甲高い女性の声が響き続ける入院患者用のロビーへとそっと足を進めるのだった。