でも、帰らなかったら、仕事を失って、路頭に迷うことになるだろう。帰らないわけにはいかない。わかってる。
 
 クラブハウスを出てから、心ここにあらず、の状態で中庭を歩き回って、そして部屋に戻って来た頃には、精神的に、どっと疲れてしまっていた。
 と、タイミングよく、部屋の電話が鳴った。
「hello?」
『hello? ウイコ?』
 ジルからだった。嬉しいような、切ないような、複雑な気持ち。
『やっぱり、部屋に戻ってたんだね。大丈夫だった?』
「ええ、でも、引っ越すことにしたの。夕方、ここをチェックアウトするつもり。ガイが、荷物を運ぶ手配をしてくれるの」
『そう……。僕はもう終わるから、迎えに行くよ』
「本当!?」
 早く会える。そのことが、わたしの心にかかっていた薄い暗雲を、吹き払ってくれた。
『うん。じゃ、すぐ行く』
 電話を切って、わたしは、小躍りしながらベッドに倒れ込んだ。
 そして、仰向けに寝転がって、深呼吸をした。
 日本に帰ったら、もう二度と、ジルには会えないかもしれない。会えたとしても、次は、半年……いや、1年以上空いてしまうだろう。
 これ以上ジルに近づいたら、余計に辛さがつのるだけではないだろうか。
 でも、今の自分の気持ちを止める自信もない。
 ジルの手の感触や温もりを知っただけで、こんなにも、自分の気持ちが、ジルから離れ難くなっている。この今の今だって、ジルを恋しがっている自分が居る。ジルのキスの仕方や、腕の中の居心地を知りたい。