エレベーターで21階ーーつまり最上階まで行くと、ジルは、廊下を奥へ奥へと歩いて行く。そして、一番突き当たりの部屋を指した。
「ここだよ」
 そして、どうぞ、というように、わたしを促す。
 わたしは、おずおずと鍵を出して、ゆっくり、鍵穴にそれを挿した。滑らかにそれは吸い込まれて、すんなり、回った。するとジルが横から手を出して、ドアを開けてくれた。
「ちょっと狭いかもしれないけど、一時避難用には足るだろうから」
 ジルの言葉を聞きながら、一歩部屋に入ると、確かに泊まっていたホテルの部屋よりも一回りほど小さいものの、調度品はすべて丁寧に作り付けられたものばかりで、落ち着いたインテリアの醸し出す雰囲気は、上品の極みだった。いわゆるリゾートホテルというよりも、もっと落ち着いた感じ。一時避難用には、勿体ない部屋だった。
「すてき……」
 思わずそう言葉を漏らして、わたしは、自分の背丈以上ある大きな出窓の前に立った。
「こっちへ、引っ越して来る?」
 いつの間にか、真後ろにジルが立っていて、クスクス笑いながら、そう言った。
「……そうしても、いいぐらい」
 本心からそう言って、わたしは、眼下に広がるエメラルドグリーンの海と、それを飾り付けるような、優雅にカーブする海岸線を見詰めた。けれど、この窓には、鍵がない。
「開かない窓なのね?」
「そうだよ。逃げられないようにね」
 相変わらずクスクス笑いながらそう言うと、ジルは、わたしから離れて、ドアの方へ向かった。
「僕はこれから仕事に行くよ。部屋は好きに使っていいし、外出もご自由にどうぞ」
 そう言い残して、そのまま、ジルは、部屋を出て行った。
 ジルの部屋は、どこにあるのだろう。そう考えながら、慌ててドアを開けて、廊下を覗いて見た。でも、ジルの姿は既に消えてしまっていた。