ふとそのとき、砂浜で抱いたあの妄想が、脳裏によぎる。
 頬に朱を昇らせながら、こっそり、ジルの方を見た。
 ジルは、静かに、ただ飲んでいた。
 オーダーした食べ物には手も付けず、ただひたすら、ビアシンを胃に流し込んでいる。
 わたしは、ふっと食べる手を止めて、ナフキンで口を拭いた。
「あ、あの……。食べないの?」
 ジルは、瓶をテーブルに置いて、片手で頬杖をつくと、体ごとで、わたしの方を向いた。
「この時間は、食べないことにしてるんだ」
 思わず、ナフキンを、ポロッと、テーブルに落としてしまった。
 何か、ちょっと、自分の不摂生ぶりが、恥ずかしい。
 そう、と、どぎまぎしながら答えながら、ナフキンを拾い上げて、それを口元に当てた。何とか、さっき食べた分、リセットされないかしら、と思いながら。そんなの、無理なんだけど。何だか、こんな風にあたふたしている自分が、嘘みたい。男の人の一言に、こんなにも、あたふたしてるなんて。まるで、高校生。
「本当言うと、この時間は、とっくに眠ってる時間なんだ」
「朝が、早いとか?」
「うん……それもあるけど、体調管理は僕の仕事の1つでもあるからね」
 さすが、マッサージ師やってるだけあって、健康に気を遣ってる。けど、何だか、罪悪感倍増。わたしがこんな風にしなかったら、今頃、ジルは普通に眠っていられたかもしれないのに。
 彼の生活のリズムを崩してしまったことが、ショックだった。かなりの自己嫌悪。
「……なんて。ウソだよ」
 ジルは、そう言いながら、はっはっは、と、豪快に笑った。
「そんなに体に気を遣ってたら、飲んでないさ」
 そう言ったかと思うと、ジルは、ビアシンを、また空っぽにしてしまって、また、バーテンダーに瓶を掲げて催促する。