「なによ」
 憤然としながら、彼はそう言う。小太りの彼が、ちょっと怒ったようなカオをしながら、丸いお盆を、きゅっと胸に抱えているそのさまは、ちぐはぐだけれど、どこか可愛らしさを感じさせる。
「えっ……と。この間、わたしにピニャコラーダを驕ってくださった男性、あなたの、お友達でしょ?」
 あなたの、というところを強調してみた。
 それが功を奏したのか、彼の表情が、少し、和らぐ。
「イエース。バッ、ソー、ワット?」
「今、どこに行ったら逢えるか、知らないかな、と思って」
 すると、折角和らいだ表情が、その倍は険しくなって、
「知らなーい。知ってたら、行くわよ」
 と、あっさり、踵を返して、厨房へ戻って行ってしまった。

 再び路上に出て、行く宛もなく、歩き始めた。
 生温い風が、肌に当たると、冷たいようにも感じる。空を見上げてみたけれど、そこには、分かりきったように、漆黒の空間が広がっている。そして、まばらに、星が。そして、あとは、道路をまたぐように架けられた、ネックレスのような電飾。
 不思議と、街の喧噪が、遠くのことのように感じていた。
 疲労感からでもなく、暑さからでもなく。
 ただ、今自分がしていることが、途方も無い事のような気がしてきたのだった。
 彼の名前も知らなくて、素性も知らずに、こうして、あてもなく探すなんて、とてつもなくクレイジーなことなのだ、と。