いつの間にか、ハンガーから上着を取って、それを、彼がわたしに掛けてくれたのだった。寒そうにしていることに、気付いたのだろう。けれど、わたしは、そんな彼の行動にびっくりしてしまって、ぎくしゃくと、その上着を肩から下ろして、急いで、自分の足下のカーディガンを取り上げた。
「大丈夫、これ、これがあるから」
 けれど、彼は、クスクスと笑いながらその手を制して、再び、上着をわたしの肩に掛けた。
「それは足下に掛けておいた方がいい」
 真面目にそう言う彼。わたしは、その意図するところに気付いて、思わず俯いた。そして、彼の言うまま、そそくさと、足下にカーディガンを戻す。
 見られてた。
 あんな恥ずかしい場面まで、見られていたのだ。
 頬どころか、首筋や胸元まで、カーッと火照ってきてしまう。それなのに、腕は相変わらず肌寒くて、彼の上着が温かかった。本当なら、突っ返して、そのまま、走って逃げたいぐらいなのだけど、その心地よさに、すっかりお尻が重くなってしまった。
「……ありがとう」
 観念したようにそう言って、わたしは、打ち付ける雨のせいで、白濁したように見える水面を、黙って見詰めた。彼は、今度はタオルをパラソルの骨組みに引っ掛けると、荷物の中から、薄手のワークパンツを出して、履いた。そして、ミネラルウオーターの大きなペットボトルを出すと、それを一口飲んで、そして、わたしにも差し出した。
 また面食らってしまって、わたしは、ぎくしゃくと、首を横に振る。
 本当は、喉が渇きまくっていたけれど。
 そう、いいの、と、彼は、水をゴクゴクと半分近くを飲み干して、そのまま、テーブルのわたしの側に置いた。良かったら、どうぞ、と言いながら。