結局、わたしは、あの男の名前も知らない。
 あの男はーー明らかに日本人ではないのに、日本語が堪能で、しかも、現地のタイ語まで喋れるーーどんな人なのだろう。ここで、どんな目的で滞在しているのだろう。旅行者、それとも、ここに住んでいるのだろうか。けれど、あの夕飯を食べたレストランでは顔なじみのようだった。旅行者にしても、欧米からのロングステイ組かもしれない。長いバカンスを、ここでゆっくり楽しむうちの一人なのかも。
 はっきり言って、わたしは、男を見る目がない。
 今付き合っている男は、もう此所へ来る数週間前から連絡を寄越さない。こういうのを、自然消滅というのだっけ。その前に付き合っていた男は、二股どころか三股かけていた。その前に付き合った男は、定職につけない質だったし……挙げたらきりがないぐらい。もちろん、完全な人間なんて居ない。それは分かっているのだ。けれどせめて、相手の素性を、ことが終わる前にーーううん、ことが始まる前に、ある程度察する力があったらいいのに、と思う。