きょうは大晦日。


こんな日に、オレ、山木譲一は、吉村紀子からのメールを心待ちにしていた。

やはり突然食事に誘ったのは焦りすぎだったろうか。

とにかくほとんどプライベートを知らない相手に、いきなり直球を投げ込んでしまった。

いや、いきなり、でもないか。

しばらく変化球で様子を探ってみたが、とうとう待ち切れずにど真ん中に投げ込んでみた、

というところか。



32歳にもなってまだ独身を通しているのは、ただただ仕事が忙し過ぎるだけで、

周りの連中が言うように、

「ヤマジョーは理想が高いからなあ。」

という訳では決してない。


最近では、このままだと一生結婚できないのではないか、という恐怖心すら沸いてくる。




実はここのところ1ヶ月ばかり、

仕事でもかなり焦り気味だった。

携帯サイトのバズ(口コミ)プロモーションなんて、もう普通の広告会社の手には負えない。

この分野を得意にするモバイル専門の広告会社がゴマンとある。人気ブロガーはほとんどネットワークされている。

それを百も承知のはずのあのチャボウズ部長が、この期に及んで、しかも年末のクソ忙しい時期を前に、

「携帯サイトを使ったバズプロモーションで、20歳前後の若モノをターゲットにした、画期的な集客アイデアを出せ。」

と言ってきたのだ。




チャボウズは来年の3月には定年を迎えるっていうのに、

時々思い出したように現場に口を出してくる。

普段は日本茶とスポーツ紙でダラダラと一日を過ごすくせに、

たまに役員にレポートを出す時だけ張り切る。

さすが、茶坊主。

早く隠居すればいいのに・・・





オレは広告界では有名な、W大学の釜井ゼミでマーケティングを専攻したが、

結局はCMが作りたくてこの会社に入った。

しかし最近は不景気のせいか、

CMの発注よりもこうしたカネのかからない、インターネットがらみの企画依頼が増えている。

特に若いヤツらをターゲットにしている商品の場合は、

その中でも携帯サイトの企画が圧倒的に多い。

そういやいまどきの若いヤツらは、

いまや携帯無しでは1秒も生きていられないらしいから。