「やめろよ、岸野! 落ち着けって。響也が怪我でもしたらどうすんだ」


それこそ、わっぱかだろ、と健吾は岸野の体を押さえ付けた。


岸野は健吾を突き飛ばして、おれを睨みながら言った。


「るっせえ! 健吾はいつもそうだよな。結局、夏井をかばうんだな」


「何? どういう意味だ!」


カッとなった健吾が、岸野の胸ぐらを掴んだ。


「どういう意味だ」


「バッテリーは自分たちで手いっぱいで、野手の気持ちはお構い無しだなって言ってんだよ!」


「何だと?」


2人の間に割って入ったのは、やはり冷静な監督だった。


「やめなさい。仲間で乱闘事件でも起こす気か?」


健吾も岸野も、ハッとした様子で体を離した。


おれのせいだ。


それは、十分、分かっていた。


今日まで同じ夢球場を目指して来た仲間が、ぐらぐらと揺らいでいる。


亀裂が入ってしまった。


でも、おれも後には引けなくなっていた。


どうすればいいのか、分からない。


左腕に、力が入らない。


「おれ、翠が心配だから」


悪い、そう言って、おれは3人に背を向けた。


「夏井!」


岸野に呼ばれて、振り向いた。


「なに?」


「おれ、夏井抜きの南高なんて想像つかねえよ」


岸野の目は、後退りしてしまいたいほど真っ直ぐだった。


「みんな同じだ。仲間だろうがよ。1人でも欠けたら、意味ねえよ! 全員野球の意味がなくなるだろうがよ!」


全員野球。


それは、南高野球部のモットーであり、練習グラウンドのフェンスにいつも掲げらている。


「今までの努力、無駄にするのかよ! 夏井のスライダーで、勝ちてえよ! 明日、来いよ」



いつも強気で、面倒見のいい岸野が泣いていた。


「おれは、最後まで諦めたりしない」


そう叫んで、岸野は病院を飛び出して行った。


正直、ぐっときた。