めまいがした。


何が、現実で、何が、夢なのか、境界線が見えない。


『もしもし? もしも』


おれは携帯電話を切り、スウェットのポケットに押し込んで部屋を飛び出した。


凄まじい勢いで階段を駆け下り、1番下の段を踏み外して床にぶっ転んだ。


「いってえ……」


顔面を強打してしまった。


「響也? 何やってんの!」


リビングから母さんが飛び出して来て、青ざめた顔でおれの体を抱き起こした。


「大丈夫なのっ?」


「何ともねえよ! どけよ!」


おれは、母さんの手を振り切って玄関に飛び出した。


「響也、どこに行くんだ」


動揺していた。


スニーカーにうまく足を入れる事ができない。


スニーカーを諦めて、隣にあったビーチサンダルを履いた時、父さんに腕を捕まれた。


「明日、試合だろ! どこに行くんだ」


「どこでもいいだろ! 離せや!」


父さんの腕を乱暴に振りほどいて、おれは家を飛び出した。


さっきぶっ転んだせいで、顔中がじんじん痛んでいた。


暑い、夜だ。


肌がべとべとして、気持ち悪い。


半分欠けた月が、夜空で気味が悪いほどどろどろに溶けて見えた。


半分、泣きながら、半分、怒りながら、おれは自転車を加速させた。











病院に到着した時、もう21時になろうとしていた。


「さえちゃん! どういう事?」


仄暗い廊下に、おれの怒鳴り声が木霊する。


試合で9回まで完投した後くらい、おれは汗をかいていた。


さえちゃんは病室のベッドに浅く腰掛けていて、丸めた背中をビクリとさせた。


「さえちゃん!」


窓辺に、月明かりが一筋になって射し込んでいた。


さえちゃんが、ゆっくりと振り向いた。