さえちゃんが、怖い顔でおれの胸ぐらを掴んだ。


「そんなに翠に惚れてんなら、もっと翠の気持ち知ってやってよ!」


「な……ちょっと」


「はっきり言っとくけど、てめえ以上に、翠はてめえに惚れとるわ!」


絶句した。


と言うか、圧倒された。


と言うよりも、腰を抜かしてしまいそうだった。


翠は、やっぱり、この女の腹から産まれて来たんだと、再確信した。


「母親の私がいいっつってんだから、持ってけドロボー!」


おれは、たった今から、ドロボーになってしまった。


「返事!」


「おす!」


「うん、よろしい」


さえちゃんが恐ろしくて、自らスポーツバッグのファスナーを閉めてしまったのだから。


ごめん、翠。


でも、おれは、この手帳に心底救われる事になるのだった。


そして、その日の夜、県大会への集中力が途切れる事になることを、おれはまだ気付きもしなかった。