翠を起こしてしまわないように小声でそう告げ、音を立てないようにスポーツバッグを背負った。


「ごめんな。もっと居てやりたいんだけどさ」


「ううん。響ちゃんは、明日があるから。それは、この子もよく分かってるから」


そう言って、さえちゃんは、翠の額をそーっと撫でた。


「明日、絶対に勝ってよね」


「うん。勝って、翠に報告しに来るから」


じゃあ、とおれは静かに病室を跡にした。


エレベーター待ちをしていると、さえちゃんが追い掛けて来た。


手に、何か手帳のような物を持っていた。


「響ちゃん」


「どうかしたの?」


「見て! これ、今、翠の身の回り整理してたら出てきたのさ」


「これ……」


それは、高校1年生の頃から、いつも翠が持っていた手帳だった。


「やべえよ。勝手に持ってきてバレたら、翠、マジ切れするって。戻しとけよ、これ」


「大丈夫! いいから、持って行ってよ。これ、お宝だよ」


そう言って、さえちゃんは分厚いそれを、おれの胸に押し付けてきた。


ハローキティの手帳だ。


おれは都合悪くて、頭を掻いた。


「ヤバいでしょ、さすがに。バレて、翠に振られるの怖いんだけど」


それは、ごめんだ。


翠が居ない毎日は、絶対に、ごめんだ。


死んだほうがマシだ。


手帳をつきかえすと、さえちゃんは、おれのスポーツバッグを無理矢理こじ開けて、手帳を突っ込んだ。


「いいから持ってけ」


「ちょっと、さえちゃ」