自転車で学校へ向かいながら、白いワイシャツの襟元に触れると、やっぱり汗で濡れていた。


夢の余韻が、跡を引いていた。


家の近くのバス停は通勤ラッシュのため人だかりで、バス停の脇に葵の花がゆたかに咲いていた。


くああ、と大口を開けてあくびをするおれの横で、市営バスが今日もサラリーマンたちをさらって行った。


軽く朝練をしたあと校舎には入らず、おれは駐輪場に向かった。


翠のところに行くからだ。


歯医者だから。


部活までには戻るから。


そんな言い訳を用意してきたっていうのに、健吾と勇気にはすぐにバレてしまった。


病院に到着すると、もう、翠は手術の準備に追われているのだった。


おれが病室に入った時、もう9時半をとうに過ぎていて、さえちゃんが来ていた。


翠はストレッチャーに移されて、手術室に移動しようとしているところだった。


「翠」


と慌てて声を掛けた。


「遅くなって、ごめん」


息も絶え絶え謝ると、翠は強気な笑顔でおれの腕を引っ張った。


「遅い! やっぱ、補欠ねえ。遅刻した罰金、5万円」


と翠は笑い、右手の指を広げて5本指を汗だくのおれに突き出した。


「高えよ。まけて」


おれは、翠の手に指を絡めて、笑った。


翠の手は細くて雪女みたいに色白なのに、びっくりするほど温かかった。


2人の看護師さんに運ばれる最中も、おれと翠は手を離さなかった。


これでもかってくらい、指を絡めて繋いでいた。


手術室の前に到着した時、翠が妙に明るくなった。


「じゃあ、行ってくるね! アディオス!」


「無理して笑うなって。不安なくせに」