「えーーと、どっちだっけ。」

焦っているので思い出せない。すると先生が

「脱がせるときは健側から、着せるときは患側からでしょ。」

と言った。患側とは麻痺側のことで、腕が拘縮していたり、だらんと力が入らず動かなくなっている方のことを言う。健側は麻痺のない方だ。だから脱がせるときは、動きの自由な健側からが基本である。だがこの患者さんは、両方の肘が屈曲した状態で、足も膝が屈曲している。俗に「先祖帰り姿勢」と言われ、寝たきり状態が長いと、このような姿勢になる。昭和の末期のこの時期、まだまだ老人看護が確立されていず、救急処置が優先される時代であった。だから寝たきりというと、本当に毎日ベッドに寝ていて、車いすなどに座り、離床を促す時代ではなかった。

 さて、清拭であるが、肘が曲がって固まっているので、脱がせにくい。無理に引っ張ろうとしたら先生に怒られた。

「そんなことしたら、骨折の可能性があるでしょ!こういうときは肩の衣類をはずしてから、肘のところまで下げ、それから衣類をそっと引っ張るのよ。」

と教えてくれた。学校で習って技術演習したときは、片側が麻痺、という設定ではあっても、やっぱり患者さん役の子が腕を動かしてくれたので、別に困らなかったが、実際の患者さんの衣類を脱がせるのは大変だ。私は既に汗をだらだらかいていた。二人がかりで衣類を脱がせると、タオルをお湯につけ、しぼる。お湯は熱くて、素手でさわるのがやっとだ。タオルをしぼるとき、熱くて手がビリビリした。素早く上半身を拭き、乾いたタオルで抑え拭きする。先生は

「清拭の時は、全身状態を観察する良い機会なのよ。特にこういう寝たきりの患者さんは褥瘡(床ずれ)ができやすいから、発赤や皮膚剥離がないか、よく観察するの。褥瘡ができやすい部位はどこだった?」