鈴鹿の空は暗い。ポツリ、ポツリと雨が落ちている。そんな中、レースが行われている。フォーミュラ・ニッポンである。客席はほぼ満員で、殆どの観客が中盤に付けている一台のマシンに注目している。
そのマシンを操るのは、橘隼人。「天才」とまで言われる名実ともに日本一のレーサーである。
この日は調子がイマイチなのか苦戦している。
先頭を走っているのは同じチーム「インスパイア」のセカンドレーサー、富田淳二である。隼人の影に隠れ、さほど目立たないが、堅実な走りで常に上位に食い込んでいる。この日はこのまま行けば今季初の表彰台に立てるのだが…。どうやら、運が無いようだ。雨が強くなって来た。富田はウェット路面に弱い。自身がハッキリとそれを認識していた。
(まだこの位なら大丈夫だ)
だが…強まる雨足〜スリップしかけるタイヤ〜。富田の思惑とは裏腹に、天は味方をしてくれないのか…。
ピットではクルー達が顔を見合わせていた。何事か囁き合いながら〜。
富田は先頭をキープするのに必死だった。後ろから徐々に追い上げてくるマシン。
(クソ、降るな!)
「監督〜」
誰かが話し掛ける。
「解ってる。そろそろだ」
高田礼二が頷いた。