「あのバースデイ・パーティーの日、私は日記を見つけて仮説が確信に変わります。雨宮鏡子という人物は存在しないということに。私は雨宮流一さんに、この役を降ろさせて貰えないか頼みました。雨宮流一さんは、真相をあなたに知らせないことを条件に、私の提案を受け入れました。」

キョウコは一度言葉を区切りって、そして…

「澤里翔吾に、雨宮鏡子はもう必要ないと感じましたから。」

沈黙がしばらくつづいた。

「それが…失踪の理由ですか?」

「ええ。だから、ここであなたに会ったことは違約。雨宮流一さんに報酬は全額お返しします。」

翔吾は鞄から日記と手紙を取り出した。

「この手紙には二人の人物の名前が書いてありました。」

「ええ。」

「それは"雨宮鏡子"と"私"、つまりキョウコさんです。一人称の違いですが…」

「回りくどく書いたのは、雨宮流一さんに見られてもすぐには気づかれないようにするためです。私は役を降りる時に、一通だけ手紙を書いてもいいか聞きました。書いたあと、彼にも一度見せています。まさか日記まで盗んだとは思ってなかったでしょうね。」

「え?」

「私が読んだ日記を、記憶の限り復元しました。原本は雨宮邸にあります。天才・雨宮鏡子にとっては造作も無いことでしょう?さすがに原本を盗んだら彼にばれちゃいます。」

キョウコの微笑みは、まるで雨宮鏡子の微笑みのようだった。

「どうして、俺に教えたんですか?」

「雨宮流一さんはあなたをとても大切に思っていた。なのに、あなたを信じていなかった。真実にはとても耐えられないと推測したのでしょうね。」

それが、つまり…

「雨宮流一さんの唯一の弱点です。あなたの事だけは特別視しすぎて、正しく理解できなかった。」

けれど…

キョウコは言葉を続ける。

「雨宮鏡子は違った。あなたの事を大切に思っていた雨宮鏡子は、あなたを信じ抜いたんです。」

キョウコは日記の最後のページを指差す。

今日の日付だった。

「あなたを信じた結果は、この交換日記の通りです。」

今日の日付の交換日記。

そこには、キョウコと出会ったこの喫茶店の住所と、短い日記が書かれていた。